風邪を引いた気がする

のが3日間続いたのでとうとう一切の活動を取りやめて大人しくベッドの中の熊さんになろうと思います。ところで、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を読んでいることは皆さんご存知だとは思いますけど、只今三巻、しかし司馬遼太郎に物申したいことがあるのでここにて叫ばせていただきます。

「①話が脱線しすぎ。それが司馬らしさと言われればそうなんでしょうが、しかし『話が脱線したがこのまま続ける』だとか脱線した後『そんなことはどうでもいい』などと書かれると猛烈に腹が立つ。

②人物の説明を同じ内容で何度も何度も繰り返しすぎ。全10巻なので1巻に出てきて一度説明した人物でもまた10巻で再び同じ引用を用いて説明するのなら(そして2〜9巻では一切その人物が出てこないのなら)判る。でも1巻で出てきた人物をまた三巻で全く同じ引用を用いて説明するとは読者の記憶力を愚弄しているのかと思ってしまう。

③そこまで後世の人間は西郷隆盛好きではないと思う。むしろ、自分(司馬自身)が好きなだけでしょう。西郷の精神論・哲学について司馬が持ち上げる(つもりは無いのかも知れないけれど、そのように私には取れた)ごとに私の西郷嫌いは募っていきます。まぁ、広島出身という理由で元々の長州贔屓もあるでしょうけどね、私には。

以上」

「これは小説じゃない。歴史書なのだ!」と言い聞かせて読む感じ?でもその視点(歴史書)だと各エピソードが唐突な気もするんだよなぁ。因みにここまでボロクソに言っておきながら読み続けるのは単に桐野利秋入門としてはいいだろうと思ったから。同じような理由で「戦後日本の旧海軍のイメージは司馬の『坂の上の雲』によるのか?」という興味から次に「坂〜」を読む予定。

しかしまぁ、燃えよ剣や風神の門ではこんな感想は無かったんだけどなぁ。なんでだろ。因みにWikipediaはこんなことを言っています。

特徴としては、つねに登場人物や主人公に対して好意的であり、作家が好意を持てる人物しか取りあげない。そのことによって、主人公に対して作者の持つ共感を読者と主人公の関係にまで延長して、ストーリーのなかに読者を巻きこんでゆくという手法をとることがきわめて多い。また歴史の大局的な叙述とともにゴシップを多用して登場人物を的確に素描し、ややつきはなした、客観的な描写によってかわいたユーモアや、余裕のある人間肯定の態度を見せる手法は、それまでの日本語による歴史小説の伝統のなかではきわめて異質なものであり、その作品が与えた影響は大きい。

高い実証性を持った歴史小説の形式を確立したのも司馬の大きな功績であり、それまで所謂史伝ものか、荒唐無稽な講談風の歴史小説しか存在しなかった社会にあって、歴とした知識人が上質な娯楽として読むに足る程度の高い歴史小説を書いたことは特筆に価するだろう。ただしその実証性の高さによって、彼の小説が小説作品としての枠を超え、歴史書としての批判にさらされていることも事実である。新しい視点と斬新な描写で「司馬史観」と呼ばれる歴史観をも作るほどの影響を与えた国民的作家であるが、その史観そのものに主に史学や歴史家の立場からさまざまな批判が寄せられることもある。ただし、すくなくとも小説作品にかぎっていえば、こうした「史実と違う」「歴史の切り取りかたに問題がある」という批判は、歴史という素材から虚構の小説を生み出すうえである程度作者にゆるされる裁量権の問題であって、かならずしもすべてが的を射ているともいいがたい。

また、作品中の人物像の内面的描写にはそれほど深入りせず人物像が浅薄であるとされたり、長編では主題が破綻しているとの批判もあるが、これは多くの登場人物を一筆書きにしながら主なる筋を展開してゆく司馬の方法論においてはある程度仕方のないことがらでもある。特に内面的描写を避ける傾向にあることは、人間を外部から把握し、単純化(典型化)して示す、18世紀ヨーロッパ小説や漢籍の史書の影響によるところが大きく、「典型としての人間」か「典型からそれようとする内面描写か」という問題は、小説の流儀の問題(18世紀型小説か、19世紀型小説か)であるといわねばならない部分もある。長編の構成力が弱いのは事実で、丸谷才一の「全体の五分の三あたりのところから雑になる」「最初の伏線が後半で生かされない」という評は正鵠を射ている。ただし、こうした「雑さ」「とりとめのなさ」が極端な部分にまでおしすすめられた結果、雑多な人物がつぎつぎに登場し、ゴシップを振りまいてはきえてゆくというグランド・ホテル形式の小説として成功している作品もあり(『人びとの跫音』)、こうした長編の筆法を単純に否定することができないのもまた事実である。

…ですって。因みにWikipediaによると『翔ぶ〜』では西郷より川路やら大久保に好意的、とあるけどいままで私が読んだところではその逆(というより西郷)に傾斜?しているきがする。はい。

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