徒然日記
■皮磨きについて
今年の誕生日に会社から皮のブックカバーをいただいた。 [1] … Continue reading文庫本サイズとハードカバーサイズの2つである。残念ながら文庫はあまり読まない上に、読むとしても平凡社ライブラリーが多く、あのシリーズはなぜかちょっとサイズが大きいので入らない・・・ので、利用しているのは専らハードカバーサイズである。誕生日が9月なので、その後使い込まれていい色になってきた。
で、私は皮製品を磨くのが好きなのだ。カバンや靴など、立体的なものではなく手帳カバーとか平面的で磨きやすいものは特に。ということで、昨日の晩は黙々とプレゼントでいただいたブックカバーを磨いていたわけです。一人、風の音が聞こえる冬の夜に「ゴシゴシ」。クリームを塗り、「ゴシゴシゴシゴシ」。乾拭きするために「ゴシゴシゴシゴシゴシゴシッ」。ピカピカにして満足して寝ました。
ところで、皮を磨くための布だが、これには父の古くなった肌着(タンクトップの方。パンツじゃないよ!)が便利なんである。純綿100%、柔らかくなっていて磨きやすい。この布の調達のためだけに、実家に帰っても良いと思ったくらいである。昨日残ってたタグをみたらカルバンクライン製であった。道理でね・・・
■電車の中について
電車の中では絶対に本を読む。たとえ二人で乗っていても、相手の了承をもらって本を読む。おそらく私の読書の9割は電車(一部バス)の中でなされている、それくらい黙々と本を読む。なので、目の前に立たれないと席を譲ることに思い至らない、気づかないことが多々あり、その点については社会の皆様に申し訳ございません!としか言えない。でも、一度気づいたらちゃんと譲るので許してね。
さて、電車の中では本を読みつつ、音楽も聴いているのですが、今回池田晶子の本を電車の中で読むにあたって、「なんか違うな」と違和感を感じた。基本的にテーマによってインストメンタル(サントラとか)やクラシックと聴き分けてはいたんだけど、どれも今回はしっくりこない。どうも本に集中できないんである。なので、昨日は「ならば・・・」と音楽を聴くのを止めてみた。もともと「電車の中で携帯をいじくらない」と、(本を読んでいるのと、どう考えても五十歩百歩な行動を)自ら禁止しているのですが、同じ考え方の延長で「電車の中で、音楽を聴きながら本を読むより、ただ本を読む方が行動として良かろう」と思ったわけです。ので、イヤホンを仕舞い、「ふむ、これはこれでなかなか良いかもしれない」と思った矢先に発生したのが電車遅延。何度もなんども車内放送が流れる。まるで、放送していない間に「なぜ電車が遅延しているのか説明がない!」とクレームが来るのを恐れるがごとくだ。
そこでハタと思い出したのが、清少納言が「お坊さんはいい声に限る!」と力説していたこと。実は、母方の祖父が亡くなった時に、我ら3姉妹で「清少納言は正しかった!」と密かに言い合ったものですが、昨日の電車の中で「車掌さんもいい声に限る!」と強く思ったので、ここで力説しておきます。元々、私は声にウルサイ。いい声だと思ったら素直に褒めることにしている。なので、車内放送もいい声だとさぞかし心地が良いにちがいないと思いますが、しかしそれだと聞き惚れて本が進まないか・・・
References
| ↑1 | おそらく「今年何をプレゼントしよう?」「あの人何が趣味だっけ?」「間違いなく読書だろ」「ならブックカバーでよくね?あいつ、電車の中で「公安は誰を狙っているか?」とか「ヤクザの修羅場」とか危ない本読んでるもん」という会話の上の決定だと思われる。 |
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