浮気の抑止力

SMAP解散騒動に押され、ほんのちょっとだけ世間の目が逸れた(と思われる)ベッキーのスキャンダルについて、考えたこと。「浮気の抑止力」ってなんだろう?

Google先生にお伺いしてみたところ、

・妻(彼女)側から「信じているよ」「浮気したら離婚だよ」と伝えておく

・男性側に罪悪感を持たせる

・男性は(浮気につながるような遊びや飲み会の)軍資金を持たない

・コスト対効果を考える

等々でてきました。「抑止力」だなんて言葉を使ったせいなのか、男性の浮気が前提ですね・・・関連する検索が「核抑止力」「戦争抑止力」とかで笑っちゃったわ。まぁ実際、当事者からすれば、核戦争並みなのかもしれません。

で、個人的に一番の抑止力は「浮気という不貞行為、そんなみっともないことをしている自分を自分で許せるのか?」という自身への問いかけじゃないかと思うのです。まぁ、これは「信じてくれている彼女を裏切る自分はカッコ悪い。カッコ悪い自分は良くない。」とかそういうことでもいいのですが・・・人の目ではなく、自分自身の基準で許されるかどうかを考えれば、真っ当な人ならば正しく判断できるはず。他の人の浮気話を聞いて「えー、サイテー」とか言うならば [1]まぁ、人生に一度くらいならば、ほぼすべての人が、芸能人の不倫なり、身近な人の別れ話とかで聞いて、そう言ったり思ったりすると思う。、「サイテー」と思うその基準を自分には適用外とするそのダブルスタンダード自体を許せないと思うのです。「人様にはサイテーと言っておいて、自分の浮気は許しちゃうの、私?馬鹿じゃないの?」みたいな感じですかね?

とはいえ、そもそも「浮気=みっともない、悪いこと」と思ってない人間には全く意味を成さない抑止力ではあります。実際、自分がされて嫌なこと、怒っちゃうことを人にする、その想像力さえない人もいるわけで、まぁ、そういう人には近づかないのがベストなのでしょう。逆に、一人知り合いにいるが、矜持というかそういうのがある人は、話していて大変清々しいので大好きです。

 

References

References
1 まぁ、人生に一度くらいならば、ほぼすべての人が、芸能人の不倫なり、身近な人の別れ話とかで聞いて、そう言ったり思ったりすると思う。

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