私にとっての国際関係論
本日、某学会の講演会?研究会?に行ってきた。なぜ「某学会」だなんてボカシているかといえば、参加人数が少なかったからである。まぁ、そのうち、おおよそ三分の一が知人だったので、今更ボカシてもしょうがないといえばしょうがないのだが、なんとなくね。非学会員ですし、仕事でしゃーないとはいえ、1時間以上遅刻したし肩身がせまい。私の性質上、こういうのに参加するとメモを取りまくり(実際とった)、この場でレポートすることが多いのだが、今回に限っては「前半半分を見事に聞き逃しているのに、レポートだなんてそれは流石に不誠実」と考えているので、内容については書きません。個人的に意外だったのが、あの人数のうち他に二人も女性がいたことと、私の隣の人が明らかにお空の人(実際にお空を飛んでいる人なのかは知らないけど)だったことである。最初の女性については、「マニアックな学会の割に、いるもんだなぁ・・・」と完全に自分のことを棚に上げての驚きで、後者については「すっかりそのテの人を見分けることができるようになってしまって・・・」と自分についての驚きである。まぁ、いるところにいる人がいるもんです。
さて、それでつくづく身にしみたのが「国際関係やら軍事は私にとっての息抜き、原点である!」ということ。最近は神学や哲学に手を伸ばしているので、やれ「神とはなんぞや?」とか「私が、と考えるこれこそ私なのか?」とか、答えの出ないことに頭を使うことが多いが [1]しかし、ちゃんと突き詰めて考えていないので、中途半端である・・・、「ロシアがいて日本がいて中国がいて・・・」というこの現世のことを考えるのは、なんと気楽なことか!あ、別に学者やら専門家をバカにしているわけではなく、文字通り、私にとって国際関係について考えることは「気が楽」なのです。これぞ我がホームグラウンド。軍事はそうでもないが、国際関係論は一応大学で勉強していたので基本的な知識がある。その知識を元に、(一からではなく)考えることができるのは、本当に気楽なのだ。
歴史本は相変わらず好きだが、最後に国際関係論について読んだのはいつだったか・・・そういえば、ちょうど去年の今頃に、夏のセミナーに参加することが決定して、安全保障論の本を買い求めて復習がてら読んだのだったっけ。あの時も今のように「あぁ、これぞ私の原点なのだなぁ」と思ったものだった。まぁ、よくよく自分の人生を見直してみると、本当の原点は国際関係論ではなく宇宙論(物理)であり、雑誌newtonなんかを図書館でたまに読むと「やっぱり私は宇宙が好きなんだなぁ」と思ったりするもんだから、国際関係論が原点!と自分自身で感動するほどのことではないのかもしれない。しかし、宇宙論については、数学的センスのなさにより、大学半ばで一度挫折済みである。国際関係論については、それなりの成績で大学卒業まで漕ぎ着けたのだから、やっぱりこっちのほうが比重として大きいのだ。
というわけで、完全にその道に歩みを戻すことは今のところ予定していないものの、積極的に本を読んだり、講演会には行ってみようと思う。哲学は人と語り合うものでもないし、実際語り合える人もいない。 [2] … Continue readingその点、国際関係論については問題がない。人脈を築いてどうこうすることもないが、専門家の話で知的好奇心は大いに満たされる。その気になれば「そもそも国とはなんぞや?結局は人の作った幻想ではないか?」やら「宗教に殉じて死ぬとは、すなわちどういうことなのか?」とか、国際関係論から哲学にいくらでもシフトできるし。でも、いまのところはそれ抜きで、色々楽しみたい。