佐藤優のいう内在的論理とは?
何故か風呂の中で読んでしまったのですが、最近佐藤優の「功利主義者の読書術」を読み終わりました。大分前にハードカバーで買って、積ん読している間に文庫がでちゃったよ…という、ちょっぴり悔しい気持ちで読み始めた訳ですが、佐藤優の本をかれこれ10冊ほど読んだ身としては、「ついに掴んだ、佐藤優の思考術!」というのが正直な感想です。因みに今まで読んだ本は一番下にリストでくっつけておきます。何かの参考にどうぞ。
「ついに掴んだ」とか大層な事を書きましたが、一言で言えば「佐藤優は必ず、相手(本でも人でも)の内在的論理を理解しようとしている」ってことに集約出来ます。「内在的論理」という言葉がこの本だけで何度出てきた事か・・・!それが佐藤優の学問的歴史(神学部でマルクスなんかも読み込んでた)によるものか、それとも仕事柄(インテリジェンス)ゆえなのか、判断は難しいところですが、多分両方でしょう。んで、この「内在的論理」という言葉、「内在的」があるかないかで大違い。つまり、その人の外面でわかる論理ではなく、心の中に隠している(隠していなくても表に出していない)論理を見抜けという事ですが、これは佐藤優が「人は自分のうちを全て外にさらけ出さない」という哲学をもっているからだと思うんです。この辺はだれしも、胸に手をおいて30秒ほど考えれば、納得出来ると思う。
また、相手の内在的論理を理解して対応すると、相手の信頼を勝ち得やすい=仕事上大変役に立つ。これはインテリジェンスの世界では勿論ですが、普通の仕事でも同じ。最近読んだ、というか読まされたマネジメントの手法でも「従業員の今までの人生や入社動機を理解しよう」と言った事が書いてありましたし(まぁ、「出来ます♪」とか「ド・ラ・マなんですっ!」とかもっと阿呆っぽい文章でしたが…)、EQでも「共感力」という項目がありました。結局、ぶっちゃけると、人は自分のことを全部表に出さないくせに、自分の事を本当に理解してほしい、という非常に面倒くさい存在なので、その隙をつけば上手くたらし込めるという事になるんでしょう。たらし込めれば、こちらに対して信頼してくれるし、非常に仕事が進みやすい。
でも、本にまでそれを求めると、少々疲れないか?というのが私の正直な感想。例えば自叙伝とか、政治ものだったら、その人の論理(信念、哲学)を理解して心してかからないと、逆にその本に取り込まれてしまう可能性は高いですが、小説にまでそこまで求める必要はないと思うのです。ただし、「功利主義者の読書術」にも挙っていた「カラマーゾフの兄弟」とか、後、私の個人的な体験ですが「銀河英雄伝説」とかは、注意しないと作者の思惑に引っ掛かりますが。私の愛する横溝正史の「金田一耕助」シリーズに内在的論理はなかろう・・・いや、ホントはあるかもしれませんが、あってもそんなもん考えながら「獄門島」を読みたいとは思わない。その辺は読み手の裁量によるのでしょうが、少なくとも私はそんな面倒な読み方はしたくないのです。
話がずれてきましたが、本筋に戻るには迷子になり過ぎましたのでこのまま終わります。結局、対人の場合、相手の内在的論理を理解する事はこちらにとって非常に役に立ち、本の場合、取り込まれるのを防ぐ事が出来る、というのが、佐藤優のうちにあるひとつの「内在的論理」でしょう。本だけでなく、テレビや雑誌、新聞、インターネットも全部そう。気を付けないと取り込まれてしまう。ただ、相手の内在的論理を見抜くには、かなり訓練と教養が必要なはず。その辺の事も本にして教えてくれれば良いのに、と考える私はものぐさでしょうか…
【今まで読んだ佐藤優の本】
・獄中記 ⇒1回しか読んでないので再読が必要。初回の感想は「難しい」
・国家論 日本社会をどう強化するか ⇒もう一度ちゃんと読みたい。
・国家と人生 寛容と多元主義が世界を変える
・私のマルクス ⇒この本はホントに楽しい。教授が大変素晴らしいと思うの。
・甦る怪物 私のマルクスロシア篇
・国家と神とマルクス 「自由主義的保守主義者」かく語りき
・功利主義者の読書術
・自壊する帝国
・神学部とは何か-シリーズ神学への船出 ⇒神学部ガイド。私は次は神学部に入りたいのです。
・はじめての宗教論-右巻~見えない世界の逆襲
・はじめての宗教論-左巻―ナショナリズムと神学
・ぼくらの頭脳の鍛え方
【積ん読中の佐藤優の本】
・人たらしの流儀 ⇒会社で役に立つかな、と買ってみました。
【なぜかまだ読んでない佐藤優の本】
・国家の罠 ⇒一番有名なのに何故読んでいないのか、YUKIWOの内在的論理を探れ!(笑)理由は単に本屋であんまり目にしなかっただけでしょう。もしくは目にした時にお財布が軽かったとか。
追記:後で調べたら「人たらしの流儀」のあとがきに「全体を通じ、私が強調したのは、たった一つのことだ。それは、「相手の内在的論理をとらえろ」ということである。(中略)好きか嫌いかという好み、善か悪かという判断を後回しにして、まず相手がどういう理屈で動いているかを考えることが重要である。」って、書いてあったですよ。