My Way

 

先日死生観についてちょっと触れたので、もう少しその話題を続けます。この記事で書いたこととまぁ、趣旨は一緒です。

さて、自分が死ぬ時にシナトラの「My Way」を流して、「本当にこいつはこの歌詞の通りに生きて死んでったな」と思われたいものだ、とどこか(多分Twitter)で書いた覚えがありますが、それはいまでも変わりません。この曲について「白人オヤジの自画自賛曲」みたいな感想を見たこともあるが、まぁねと思う反面、例えば日本の10代アイドルが歌ってても全然しっくりこないので、やっぱりこの曲はオジサンが歌ってこそだと思うのです。なので、エルビスバージョンも布施明バージョンも好きだべ。

そんなこんなでMy Wayですが、1ヶ月に1回くらい聴くようにしています。それは自分の人生への戒めのため。私の座右の銘は誰がなんと言おうと「memento mori」であるからに、My Wayのように死ねるよう、いまを生きるべし!と反省するのに丁度いい。1時間くらいリピートして聴くのですが、基本イヤホンだからお隣さんの迷惑にはなっていないと思います・・・これ、聴かされる立場になれば発狂ものですものね。

そして、memento moriと言えば、おそらく私はフェイタルな病気が発覚しても治療をしないと思われる。「治療して病気に打ち勝つ」という哲学もわかりますが、「自分が近々死ぬ」というのが確実になったならば、全身全霊で死ぬことに取り組みたいと思う。これは本当に趣味の世界で、どうせ自分の人生なのだから最後の最後くらい、自分の思考実験をやりきりたいと思っているからなのだけれど、なぜか他の人からは非難轟々なのである。なぜ、生きることよりきちんと死ぬことを優先しただけで、こうも非難されなければならないのか?これが池田晶子に惹かれた要因かもしれぬ。彼女が「子供は産まん!」と言ったのも、この辺に理由があるのかも・・・と適当に推測してみました。違ったらゴメンなさい。

因みに、私のこの辺の考え方が益々意固地になる最大の原因は、毎年ある会社の健康診断にある。まぁ、身長、体重、血液検査くらいは許しましょう。 [1] … Continue readingでもね、30過ぎた女が全員オプションの婦人科検診受けたいと思うなよ!と声を大にして言いたい。会社は勝手に婦人科検診ありで申し込むし、「いや、なしです」といえば、会社からも検診所からも「バカじゃないの?」という態度を取られ・・・踏んだり蹴ったりですよ、まったくもう。だいたいね、そういうのは30代じゃなくって20代で強制的にやる方が、出産とか考えても合理的だと思うの。それでも、私はひどく抵抗しそうですが、まぁ、30代でやるよりは意義を見出せるので、20代の私はしぶしぶ従ったでしょう。来年も絶対に受けてやるものか!

これ以上書くと、当てつけのような記事になり、間違いなく家族や知り合いからだけではなく、社会から総スカンをくらうのは確実なので、この辺でやめておきます。とりあえず、今でも、あの電車のホームでの悟りかけ、あのとき悟りきらなかったことを悔やんでいることを明記しておきます。

 

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1 しかし、ちょっと肥満気味だったのが頑張って8キロ近く痩せて普通体重になったのに、大騒ぎして何度も計測し直すのはいただけない。健康体になったんだから、良いではありませんか。

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