托卵女子について
最近は何にでも「女子」という言葉ついている。女子会、女子力、理系女子、貧困女子、etc…個人的には、「まぁ、「女子会」は使うけど、自ら「ちょっと、女子ばっかりなんだから、荷物運んでよ」と言うとか、そういう使い方はしたくないな」という、極めてなぁなぁなポジションだったりします。しかし、自分が子供の頃に「xxのおばさん」と友達のお母さんを呼んでいた、その「おばさん」と呼ばれる年齢になっているのも事実。まぁ、これまた難しいことに「おばさん」と自ら呼ぶのは、自分自身を卑下しているようで、やっぱり好きではありません。が、とにかくそういう年齢であることは認めないと。とりあえず「おばさん」の前に、「綺麗な」とか「頭がいい」とか「すてきな」とか「偉大な」とか、そういう形容詞を付けてもらえるように努力するのが正しい道なのではないでしょうか。
さて、本題の托卵女子について。私は最近この四字熟語を知ったのだが、まぁ、驚きましたね!他所から「イケメンの遺伝子」を仕入れて、「金持ち」の夫に自分の子供として育てさせるという芸当・・・これはそもそも、女性本人がそこそこのスペック(=イケメンに相手してもらえる&金持ちの男性と結婚できる&母親に似ても子供が苦労しない程度の顔を持っている)でないと成り立たないという大前提があるので、難易度は自体高いと思います。 [1] … Continue readingが、このような行為について、企む側に良心はないのだろうか?自分に対して一生の愛情を誓ってくれた人を目の前にして、他人の子供を我が子のように可愛がってくれ、家族として愛してくれる人に対して、全く心は動かないのだろうか?一体どのツラ下げて毎日を生きていけるのか、正直突撃リポートしたいくらいだわ・・・何より、良心が全く痛まない(=良心がない)のであれば、その行為者は果たして人間なのだろうか?人間を人間たらしめるのが、良心だとか、倫理とかではないのか?あぁ、だから「托卵」だなんて、動物にしか使わない言葉が使われているのかもしれないね。
それに、男性に同じことをされても文句を言えないではありませんか。男性の場合、どうあがいても他の女性が産むという行為が必要なため、妻にバレずに事を成し遂げる事は残念ながら不可能です。が、「お前は料理は上手だがブスだ。娘が生まれて母親似だったら、将来かわいそうだから、美人な女に子供産んでもらうことにした。育てろよ。」こういうことですよね。こんな風に自分がされて嫌なことを人にするのは本当に如何なものかと思います。 [2]しかし、それでも、人に対して意地悪言ったりしちゃうのが人間ではありますが・・・でも、この話は「嫌なこと」のレベルが違う。
じゃ、このような良心に悖る行為なしで、顔も(できれば頭も、スタイルも、性格も、あれもこれも)良い子供を産む方法、行き着く先は遺伝子操作になるのか?遺伝子操作の結果、みんなが美しい顔立ちになった場合、その普遍的な顔の外に別の基準の美しさが生まれるのではないだろうか?もちろん、よりシンメトリーな顔の方が美しく感じやすいとか、動物として感じる「美しさ」はあるが、結局美しさとはその時代や文化のなかで、相対的に立ち上がってくる価値観だと思います。世の中、顔もスタイルも頭も性格も何もかもダメな人はいるかもしれませんが、それこそ宝くじに当たるレベル。皆どこかに素晴らしい点があるのだから、顔やらなんやら形を整えるのではなく、自分の持つ美点を自らの子供が引き継ぎ、自信を持って生きれるようにするのが親の役目だと思います。