もし二・二六事件の青年将校がルトワックの「クーデター入門」を読んだら2

間があきましたが、そして最近のマイブームは中野学校ですが、義務と義理は果たします。

さて、今回の話は、二・二六事件が起きたタイミングはルトワックの定義通りだろうか?という検証。そもそも、先進国では政治構造が柔軟なため、クーデターは起こりにくいもの。それは国民が政治に積極的な関心をもち、「政府の正当性」について口を挟んでくるゆえ、とのことですが、さて、二・二六事件当時の日本はルトワックの定義する先進国、つまり「支配者と被支配者の間の対話が成立している状態(国民の識字率が高く、食料の心配がなく、反論しても身の安全が守られているような国)」だったのか?この厳密な定義と比べると、そうではなかったのは間違いない。当時の識字率は知りませんが、少なくとも地方の貧しさが決起の理由の一つだし、治安維持法が成立して共産主義は取締りの対象でしたしね。

で、ルトワックの指摘するクーデターの前提条件とは

  1. クーデターの対象となる国は、社会・経済の条件が低く、国民のごく一部しか政治への参加を認められていない国であるべきだ
  2. クーデターの標的となる国は充分に独立した国家でなければならず、その国内政治における外国の影響は比較的小さくなければならない
  3. クーデタの対象となる国は、政治的な中心をもっていなければならない。中心部が複数ある場合、その所在をしっかりと確かめる必要がある。またそれは、民族的なものではなく、政治的な構造をもったものではなければならない。(後略)

の3つであり、当時の日本は1番以外の条件を満たしている状態でした。1番の「ごく一部の国民のみが政治に参加を認められていた」という点については、「成年男性の普通選挙を認められていた」のだから一応当てはまらないと言えるでしょう。とは言え、立候補するための供託金は随分と高かったようですから、投票はできても政治家というグループは一般に門が開かれていたとは言い難く、実際はどうであれ、元老・重臣が政治を握っていると思われていた、というのはポイントかもしれない。また、これは調べないとなんともですが、個人的な印象としては、多くの国民が選挙権を意識的に行使したとは思えないのです。いまだって投票率が低いですが、当時の地方では更に低かったのではないか?もしくは、強制されて投票していたか。いずれにしても、政治参加がごく一部とは言い難いが、かと言って「対話が成立している状態」とも言えない、そういう状況だったのだと思います。

ここで一つ要注意なのが、ルトワックが先進国(柔軟な政治構造をもつ国)でもクーデターの起こりえる共通点とあげている

(a)大規模な失業やインフレを伴った、長期の深刻な経済危機

(b)長年にわたる戦争での失敗、または軍事か外交における大敗北

(c)複数政党制における慢性的な政治の不安定

この3点こそ、当時の日本にドンピシャだったこと。経済はいわんや、事件の中心的人物であった磯部や村中が指摘している通り、ロンドン条約は当時の一般的な日本人にしてみれば外交上の失敗に違いなく、そこから統帥権干犯問題や、天皇機関説問題など、政党政治上も揉めるに揉めていた状態。たとえ、普通選挙権=国民の幅広い政治参加=クーデターの起きにくい先進国という図に無理くり当時の日本を収めても、先進国でクーデターが起こりえる条件を全てガッツリ満たしているのだから、結局1936年の日本はクーデターを起こすに最適な条件を備えていたと言えそうです。

あと、ここまで書いていて気がついたのは、ルトワックの本を読む限り、クーデターを起こすに、これらの条件が事実として揃っている必要があると思われるのですが、 [1]まぁ、過去に起きたクーデターを分析した結論であれば、そのような書き方になると思います。恐らく「国民の大多数が、自国がそのような状態にある」と思い込んでいれば、実際のところ違っていても、クーデターは成功するのでは、という点。一部の人だけが「不景気だ、政治が不安定だ」と叫んでいても、それは単なる不満不平で終わるでしょうが、社会の大多数がそう感じているのであれば、実際は対して不景気でもなく、政治的に安定していたとしても、クーデターが発生する可能性は高いのでは?「一部」と「大多数」の境目がどこにあるのかは、状況によって違うでしょうし、定義できるものではないでしょうけれどね。

そして最後に、二・二六事件が発生した大きな契機になった理由が、多くの青年将校が所属していた「第一師団の渡満」情報。要は自分たちが遠くに行ってしまうから(そして、その移動は自分たちの行動=昭和維新を邪魔するためだと信じたから)、できるうちにやっておこうというタイムリミットであったことは、さすがのルトワックも指摘していません。まぁ、必要条件ではないからでしょうが、クーデター決起側からすれば、考慮すべき条件でしょう。

References

References
1 まぁ、過去に起きたクーデターを分析した結論であれば、そのような書き方になると思います。

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