ニール・バスコム「ヒトラーの原爆開発を阻止せよ! ”冬の要塞”ヴェモルク重水工場破壊工作」

洋書版との差が激しい表紙

重水D2O (2H2O)は通常の水に0.3%弱程度含まれている [1]正確に言えば、軽水以外の総量が0.3%であって、D2Oだけが0.3%を占めているわけではない。その名の通り、「重い水」である。自然界に存在するとは言え、一定量以上を摂取すると生物は死んでしまう。作り方はなかなか厄介で、電解槽で普通の水を分解し、水素ガスを取り出した後残った水をさらに電気分解し、それをひたすら繰り返すことで、純度の高い重水が取り出せる。 [2]ウラン濃縮似ている。作るのに手間暇かかる割に使い道がなさそうな水なのだ。ノルウェーで重水工場建設が提案された1933年当時は「とりあえず作る。使い方はその後で考える!」と本当に使う道がなかった模様。しかし、第二次世界大戦開戦直前にドイツでウランの核分裂が発見される。軍事的観点からも研究は進み、核分裂制御の減速材として、それまで存在意義のなかった重水にとうとう白羽の矢がたった。ナチスドイツはノルウェーに侵攻し、重水工場を抑えてしまう。イギリスに渡ったノルウェー人たちは、ドイツの核分裂研究を止めるために、この重水工場を破壊することにした・・・

核兵器の作り方はこちら

と、この辺の説明もきっちりされている親切な本がニール・バスコムの「ヒトラーの原爆開発を阻止せよ! ”冬の要塞”ヴェモルク重水工場破壊工作」。もちろん、一番の読みどころは破壊工作そのものだが、その破壊工作も一度ではなく複数回試みられていたことを、この本で初めて知った。(破壊工作があったことは知っていた。)

まず、敵情調査、破壊工作補助のためにグラウス隊ノルウェー人4名が42年10月にハルダンゲル高原にパラシュートで降り立つ。その後11月にイギリス人工兵隊をグライダーで送り込むフレッシュマン作戦。フレッシュマン作戦の失敗後、改めてノルウェー人をパラシュートで降下させ、実際に工場破壊に至った43年2月の作戦。作戦自体は成功したものの、その後ドイツが重水製造能力を復旧したとの情報を受けて、(ノルウェー人には知らされず実行された)工場およびその周辺地域への空爆が43年11月。さらに、44年2月には戦況不利を見越したドイツが本国に残った重水を移送しようとし、それを阻止したヒドロ号の沈没工作。1年以上も破壊工作が続いていたのだ。こうして抜き出して書くとわかりやすいが、どれも冬の作戦になっている。

そもそも人の名前を覚えるのにだいぶ苦労したのだが(特にノルウェー人協力者)、北欧への旅行経験もない私からすると、その冬の厳しさがいまいち想像できない。トナカイを狩る?スキーで追跡劇?小屋???時代も違うから彼らの「大変さ」がどうも想像しきれなかったのだ。読み終わってから知ったのだが、この作戦、テレビドラマになっている。 [3]原作は別。この本原作ではマイケル・ベイ監督で映画化するとかしないとか・・・まだ未見だが、見れば少しはわかるだろうか。話数も多くないから、この週末見ようかな・・・

さて、筆者のニール・バスコムはジャーナリスト経験のあるアメリカ人。ノンフィクション、特にアイヒマン追跡の「Hunting Eichmann」とか、ポチョムキンについての「Red Mutiny」など歴史物に強いようだが、ロボコンの話を書いたりもしてる。まぁ、でも全般的には歴史物が多いのかな・・・他の本を読んだことは、まだない。そして面白そうなのは日本語になっていない。辛い・・・ここからは完璧に余談だが、本人のウェブサイトを見る限り、穏やかそうな顔である。アメリカの作家ってきちんとこういう個人サイト作ってるから、偉いよなぁ、とつくづく思う。

最後に一つだけ。原著にもあったのかどうかは知らないが、巻末に作戦ごとの詳細地図をつけているのが、とても、とてーも素晴らしい!最近読んだ「死に山」にも地図は付いていたが、広域地図のみでメンバーの発見場所など、詳細地図があればいいのに・・・と、グーグルで検索して大後悔 [4]メンバーの死体写真を見てしまったしたばかりだったので。捜索ものや作戦ものは地図マストですよ、ほんと。

References

References
1 正確に言えば、軽水以外の総量が0.3%であって、D2Oだけが0.3%を占めているわけではない。
2 ウラン濃縮似ている。
3 原作は別。この本原作ではマイケル・ベイ監督で映画化するとかしないとか・・・
4 メンバーの死体写真を見てしまった

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