呉みなと祭に行ってきました。
昨日は朝から一人で呉まで遊びにいってきました。生まれて初めての呉みなと祭。というよりも、記憶のある限り初めての呉であります。実は大和ミュージアムにもいった事ないんだよね・・・あんな論文(YAMATO essay)書いておきながらなんですが、逆に大和について一杯調べたからもういいや状態とも言えます。
兎も角、昨日のみなと祭です。完全に事前調査を怠ったため、海上自衛隊の体験航海には参加できなかったんですが(自ら参加してみて本当に自衛官は女性に優しいのか調べてみようと思っていたのに・・・)、もう一つの目的であった呉音楽隊及び在日米陸軍軍楽隊の演奏を満喫しました。
どうも時系列にそって流れるように文章に出来ないので今回もまた箇条書きで。
・まず驚いた事。呉線は単線だった!!普通に線路沿いの空き地(そもそも線路と一般の敷地を分ける柵もない。)で畑仕事しているおばあさんとかいるし・・・これが東京ならば「線路敷地内に人が入ったため確認中。上下線ともにダイヤが乱れています。」とかになるんでしょうね。でもそうならないのは瀬戸内のノンビリした気候のせいなのでしょう。
・で、呉についてそもそも会場の通りが判っていなかった事が判明した私。しょうがないので海側へフラフラ歩いていくと大和ミュージアムを発見。「これのどこが船の形なんじゃっ」と呟きつつ(建物の形が船をモチーフにしているらしいですよ。)通過しました。今回の目的は大和にあらず、自衛隊の演奏にあり。
・で、大和ミュージアムから更にしょぼしょぼ歩いていると、両側の壁がピンクというなんとも毒々しい通りになりまして、いくら何でもこれは道に迷ったぞと思った私は、丁度呉地方隊総監部や教育隊の辺りにいたのでした。そしてこの放浪が後で大きな後悔をうみます。
・結局なんとか市街地の方に戻り、人の流れについていってやっと目的地に到着。早速目にはいったのが「れんごう広場」。「れんごう」って「聯合艦隊」の「れんごう」なのですかね?
・歩行者天国になっている通りを更に奥へ進むとなんと海自音楽隊と米軍軍楽隊が合同で「軍艦」を演奏中。走った事でなんとか軍艦マーチのなかで一番好きなパート(間奏の最後の部分)を聴けたけれどもなんと、演奏はこれでおしまい。海側へフラフラしなければもっと沢山聴けたので大後悔しました。
・演奏を聴きながら思ったのは、呉の人って意外と海自好きなのではないか?と言う事。誇りにしている、といいますか。
・因みに、私個人の要望としては夏服で演奏して欲しかったなぁ・・・やっぱり海自なら白でしょ。
・パレードまではフラフラしていたのでここでは割愛。米軍の一人が「よっしゃこい(よさこい)祭」の踊りを呆然と眺めていたのが印象的。
・よく考えれば、「よさこい祭」ってヤンキー心に火をつけるものではなかろうか?あの独特な衣装や大きな旗、不思議なメイクに長はちまき・・・どこかで見た事があると思えば広島の「とうかさん祭」の際にあつまる族の人たちに良く似ています。思わず江戸時代の「カブキもの」との関連を考えてしまった。
・米軍のトラックのそばで休んでいると、隣にいた女の子(中学生か高校生)2人組に米軍兵が「プラカード持ってパレードあるきませんか?」と声をかけていた。きゃーきゃー五月蝿かった・・・後で米軍のパレードを見ているとその二人組があからさまに音楽と合っていない歩調でスタスタ歩いていて肝心の軍楽隊との距離がどんどん空いていった事に失笑してしまいました。
・で、肝心の海自のパレード。いやぁ、かっこ良かった・・・!またまた軍艦行進曲を演奏してました。こういった時って必ず「軍艦」だなぁと思ったり。陸自だと「陸軍分列行進曲」なのかね。「軍艦」はやっぱり呉の人にはなじみ深い曲なのか?自衛隊に対する沿道からの拍手が一番大きかった。米軍のように手を振って行進する人もいないし、全体的にかっちりした演奏でした。いいの、かっこ良かったから。
・全体的な感想としては、もうちょっと自衛隊の人も米軍のように自由時間の間くらい(まぁ、自由時間が存在したかどうかまでは知りませんが・・・)フラフラ歩いていて欲しかった。そうしたら絶対声かけたのにね。