戦場のソーシャルメディア

新年一冊目、ではないのだけれど、新年最初に書き込みながら読んだ本なので、簡単に気になったポイントその他まとめたいと思います。

さて、ドナルド・トランプはソーシャルメディア(ツイッター)を使い大統領になった初の人物といえるのだが、この裏には周知の通り、色々な思惑の国や人が蠢いていて、それぞれ手を尽くしてトランプの大統領選を勝利に導いた。その詳細は本書を読んでいただくとして、ソーシャルメディアを使いこなしているのは、ISISも同じ。

「ISISは、現実にはこれといったサイバー戦の能力を備えていただけではなく、とにかくバイラルマーケティングのような軍事攻勢をかけて、あり得ないはずだった勝利を収めたのだ。ISISはネットワークをハックしたのではない。ネット上の情報をハックしたのだった。

P19

ISISのアカウントが「この街を攻めるぞー!」と呟けば、「ISISが攻めてくるぞー!」とツイッターやフェイスブックで住民や防衛している兵士の間に拡散する。結果、防衛側の士気が下がり、大した苦労なくISISは街を占領できる。「テロの恐怖」の拡散だけで、現実の戦いに勝てる可能性が出てきたのだ。戦闘するお金が足りなくなれば、ペイパルでクラウドファンディングでもすればよい。一人当たりは少額でも、全世界中から募金が集まる。正しく「戦争売ります」の世界だ。中東の戦闘から他の例をもう一つ。

結果は衝撃的だった。ネット上でハマス側への共感が急増すると、イスラエルは空爆を半分以下に減らし、逆にプロパガンダを二倍以上増やしていた。これらのツイートの感情(イスラエル寄りかパレスチナ寄りか)を時系列で表にすれば、地上で何が起きていたかを推測するだけでなく、イスラエルの次の行動を予測することも可能だった。イスラエルの政治家やIDF司令官らはひたすら戦場の地図を見つめていたのではなかった。自分たちツイッターのタイムライン、つまりSNS戦争の戦場にも目を光らせていた。

P311

現実の暴力や戦争とソーシャルメディアが完全に繋がった状態になってしまったのだ。

また、ソーシャルメディアにおいては、真実よりも「嘘だろうとどれだけ拡散したか」が重要になってくる。また「繋がる」こと自体に意味があるので、ユーザーは一つのサービスに集中しやすい。そこで影響力のある少数の「スーパースプレッダー」がシェアすれば、それは瞬く間に広がっていく。フェイクであろうと真実であろうと「物語」を作って [1]ちょっとした真実を混ぜ込むのが嘘を真と思わせるコツである。、拡散することがソーシャルメディア界を支配するキーになる。バイラル性は複雑なものと両立しない。本当は前提のあった物語(例えば「ちょっと小言を言っただけで、バットで殴り返してくる子供」)でも、それぞれの立場から都合のいい話に縮められて(「(ちょっと小言を言っただけで、バットで殴り返してくる)子供を平手打ちした」)、拡散していく。その流れを「ボット」や「トロール」などでコントロール出来れば、「思惑のある人々」にとっては上出来だ。トランプはこうして、ヒラリー・クリントンを下した。

とは言え、インターネットそのものは国に弱い。現に自由とは言い難い国ではインターネット遮断はよくあること。遮断すると経済に影響が出てしまう場合は、接続スピードをちょっと遅くすれば良い。もしくは「政府に都合の悪い意見を書き込むと刑務所に入れられる」といった雰囲気が国民の間に共有されれば、自主検閲が始まり、結果政府が望む意見が多数派になることも可能だ。

なお、中国のソーシャルメディアに対する態度は少し違う。資金を投入しまくったおかげで、世界一の監視サービスや他国の有害な情報を遮断する仕組みを整えることが出来た。国民のありとあらゆる情報を一つのプラットフォームに纏めることで、集中管理しやすくなる。おそらくいろいろな国にとって中国のネット環境は憧れだろう。だが、国民が政府より過激になってしまい、(かれらにとっての)弱腰政府の批判を始めないようコントロールしなくてはならなくなった。「社会信用システム」において、オンライン上で政府に都合の悪いことを言うなど、スコアが悪くなれば就職や結婚に影響する。もちろん、家族のスコアも重要なので、自主検閲せざるを得ない。この「1984」的なシステム、中国の輸出商品になっているらしい・・・

また、ソーシャルメディアにおいては、管理者が政府ではなく、一般企業という点にも注意を払う必要がある。どんなに崇高な理念で始めたものであろうと、現に戦場となっているからには規制が必要になってくる。如何にその規制を企業にやらせるのか?言論統制ギリギリの選択が求められている。また、そのソーシャルメディア企業が「どのような政治信念を持っているか」も重要で、それこそ反民主主義的国家に対して、放置以上に融通を利かせたり、ということもあるかもしれない。買収だってあり得るのだ。

本書において、「じゃあ、どうしたらいいの?」という問いに対して明確な答えは出ていない。ソーシャルメディア企業にも責任はあるし、何より一人ひとりがSNSにつながっている以上、この戦場の戦闘員となっている。「みんなが嘘を嘘と見抜けるように賢くなる」というのも非現実的だ。とりあえずはソーシャルメディアの仕組みや起きていることに自覚していくしか道はなさそうで、それはそれで遠い道のりになることは間違いない。

References

References
1 ちょっとした真実を混ぜ込むのが嘘を真と思わせるコツである。

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