オバマ大統領の広島訪問の意義

当日母が広島にいたならば、交通規制で発狂していただろう・・・広島出身者としては、やはり今回の訪問は意義深いと思うし、全てを一度にやり遂げると、その分あちこちから反発が出てくるものなので、今回くらいが初回としてはちょうど良かったのではないでしょうか。次は広島か長崎の記念式典に参加してもらうことが目標になるのかな?

戦争というのはやったりやり返したり、えてして加害者と被害者の境界線が曖昧で、特に2度の大戦以降は総力戦、非対称戦ということで、一般市民の犠牲も多い。そんな中で日本だけが被害者顏してアメリカ大統領に訪問してもらうということに納得できない人は多いだろうし、逆に他のことを考えずに(日本が他国に何をした、だけではなく、例えば同じアメリカによるベトナムへの枯れ葉剤散布やアフガニスタンの誤爆など)、「アメリカが日本に謝るのは当然」という人もいるだろう。

でも、今回はそういう意味ではなく、「唯一、人に対して原爆を使った国」がアメリカで、「唯一、原爆を直接食らった国」が日本だから来たのだ。もし1945年以降、何度も何度も原子爆弾が人に対して使われていたらアメリカ大統領が広島を訪れる意味なんて全くない。(もちろん、そんなことになってたらアメリカも広島も存在してないかもしれない。)その唯一性をなんとか保っているからこその今回の広島訪問であり、謝罪があろうとなかろうとその意義が薄れることはない。これは人類が70年近く理性を保ち続ける事ができた事に対する記念なのだ。

オバマが任期ギリギリで広島に来たのは、もちろんアメリカ国内の事情もあるでしょう。大統領として政策を立案し、実行する時間があるタイミングで訪問する方がより誠実だったのかもしれない。いずれにしても彼は来た。今まで原爆を落としたのが彼の国だけであり、原爆を落とされたのが日本だけだから、来た。今後もアメリカ大統領が過去原爆を使ったことについて、広島と長崎だけを訪れることになるよう、祈りたいものですね。

というわけで、もう少し現実的にドロドロした話をすると、日本は「こういう意義があるから来ただけですよ。過去の正当性とか謝罪とかの話じゃなくって。単に「原爆を落とし、落とされた」の関係が、日米のみで終わるよう、核廃絶と平和構築を祈っての話です。」と(多少国民感情に配慮しながら)世界にアピールし、次回以降アメリカ大統領が広島や長崎を訪れるハードルを下げればよいんである。未来志向の平和構築を非難するのは至難の技で、もし非難すれば自らの国際的信用や立場を危うくする。特に核保有国の場合はね。しかも、もし日本が謝罪抜きでアメリカとこの関係を続けるのであれば、「日本は未来の平和のため、被害者としての過去に囚われない。」という嫌味にもなる。まぁ、嫌味の効く相手だとも思えませんが・・・

ところで、なぜ今回は広島のみで長崎への訪問がないかといえば、長崎までは足を延ばせないといった日程的なこともあるだろうけれど、個人的には外務大臣の岸田さんが広島出身(広島1区)だからだと睨んでいる。そりゃ国務長官だけではなく、アメリカ大統領まで連れてくりゃ、地元じゃ強いですよ・・・あれはまだ小学校の頃、その頃私が住んでいた家の側に小さな事務所を構えて、立候補していたのをよく覚えている。平成の世28年のなかで一番在職期間の長い外務大臣になるとは、当時の私は想像もしてなかった。(むしろ、選挙に負けそう・・・と心配してた。)そしてこれは完全に余談だが、オバマ大統領が折ったという折り鶴、ケネディ大使に手伝ってもらったらしい(某外務省筋から聞いた)。折る方も折る方だが、手伝う方も手伝う方である。手先が器用なんだろうな。

 

Leave a Reply