グライダー人間はすぐに落ちる
Twitterでもつぶやいたが、10年ほど積ん読していた外山滋比古の「思考の整理学」にやっと手をつけた。別に特別敬遠していたわけではないが、なぜか買ってからなかなか読まなかったのである。このたびの蔵書一覧化計画により、文字通りの積ん読から救出された。1日で一気に読みました。そんなに難しい話じゃなかったしね。
その中で個人的に一番印象に残ったのが最初の「グライダー人間」についてである。グライダー人間とは「勉強に対して受け身」であり、学校というのはグライダー人間の訓練所であるとのこと。もちろん、大学に入って論文を書くことになれば、受け身ではいられないのだが、無駄に面倒見のいい教授あたりが世話しちゃうもんだから、意味がない。対して飛行機人間は自分で飛べるエンジン=自ら考える能力を持っているということだが、外山氏、優しさからか、グライダー人間の結末には述べていない。飛行機は燃料がある限り飛ぶことができるが(しかも最近は空中給油もできる!)、グライダーは風まかせ。しかも早々に地面に向かって落ちていく。飛行機は操縦桿を握ればどの方向にへも、それこそ上に向かうことだって可能だが、グライダーはよっぽど風に恵まれない限り、高いところから徐々に落ちていく。飛行機もいつかは着陸するとは言え、グライダーほど早くない。つまり、グライダー人間はよっぽど運が良くない限り、知的には落ちていくだけなのだ。
と考えると、人の教育で真に大事なことは、まず飛ぶこと=勉強することとはどういう状態かを教えること。次にエンジンと操縦桿の扱い=自分で考え、自分で方向性を見出す力を身につけること、そして空中給油=新しい分野を勉強する方法だろう。きちんと飛ぶことも知らずエンジンをつければ墜落するに決まっているし、そこは順番が必要。なので、最初はグライダーでいいが、グライダーで止まってはいけない。まぁ多分、中学校か高校あたりなんだろうな、境目は。そして大学でその差は決定的になる。グライダー人間、身近にいると結構迷惑なので、自分の操縦桿くらい自分で握れる人間になりたいものですね。