ルネ・ジラール「世の初めから隠されていること」

例のごとく、確か佐藤優の本の中で書名が上がっていたので、読み始めたのがこの本。30ページも読まないうちに、「私には早すぎた・・・(そして700ページは長すぎる)」と後悔したのだが、なんとか最後まで読みきった。あまりによくわからなさすぎて、途中から3行ずつくらい意図せずフォトリーディングし始める始末。そんな状態だから、理解など700ページ中5ページくらいでも出来ていたら、我ながら立派だと思う。あまりにわけわからなさすぎで、カンニング気分で、他の人の感想なり書評なりをググってみたんだけど、まー、全然ありませんや。松岡正剛が千夜一夜で取り上げていたが、歯切れが悪い。 [1]さては、あまりわかってないな・・・と少し喜んだ。後は、この辺。この方は専門ぽいですな。

一応、私が理解できた5ページ分の内容をまとめると、「欲望→真似・模倣→暴力→供犠」という流れの中で、キリスト教は(というかイエス・キリストの受難は)、「供犠」ではなく、供犠を乗り越えているものなのだ、ということ。5ページどころか、2、3行で終わってしまったな・・・しかし、本当にこれ以上何も書けないんである。だって、わかっていないんだから。訳者あとがきにも書いてあった。レヴィ=ストロース、フロイト、ニーチェ、ハイデガー、ドストエフスキー、プルースト、そしてデリダにも精通していないと、この本を十分には理解できないだろう、と。私はどれもまともに読んだことがない。ドストエフスキーとニーチェに多少、手をつけたことがあるくらい。聖書の内容だって、会社の中ではトップ10の知識を持ってるだろうが、逆に言えばその程度なのである。理解ができないのは、単に私の勉強不足と真摯に受け止めなければならないだろう。いや、しかし、本当に難しかった!しばらくこんなに難しい本はいいや。

次に読むのは、「大戦略論」と「核戦争の瀬戸際で」。どちらも500ページもない良心的な厚さに、元々我が専攻である。気持ちよく、読めるだろう。(と信じたい。)

References

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1 さては、あまりわかってないな・・・と少し喜んだ。

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