ラムちゃんが振り返るアメリカ外交史

大分前になりましたがラムズフェルト元国防長官の自伝「真珠湾からバグダッドへ ラムズフェルド回想録」を読みました。今回はその簡単な感想を。ただし全体に対してではなく、印象に残った部分だけですので、悪しからず。

①ラムちゃんとライスやパウエルとの確執について

子ブッシュ政権内では「ライスやパウエルはハト派、ラムちゃんはタカ派」という印象が日米マスメディアの報道の影響もあり、定説になっているけれども、視点を変えるとそうでもないのかも、という感想をもった今回の自叙伝。勿論ラムちゃんは自分が正しいと思う事を正しいとして書くし、また過去についても自叙伝なんだからラムちゃんの視点でしか語られないのは当たり前なんですが、例えばラムちゃんの語る大統領補佐官としてのライスの会議の進め方は確かにいただけない。ライスの頭の良さ、そして女性かつ黒人であると言うダブルの壁を乗り越えて、あの地位まで上り詰めた勤勉さ(毎日トレーニングしているとかそういった部分も)を敬愛する私としてはちょっとショックなくらいです。ラムちゃんによると

 

ライスのNSC運営の特徴は、省庁間で意見が異なる時に大統領に決定を委ねるのではなく、可能な限り自分が”ギャップを埋め”ようとすることだった。(中略)”勝者”と”敗者”がうまれるような、明快な決定を強要するのを避けた。各省庁から集めた要素を一つにまとめげて、すべての省庁を政策議論における勝者にしようと考えていたのだ。(P393)

 

ライスのNSC運営については、他にも言いたいことがあった。会議がきちんと準備されていないことが多いのだ。直前になって時間や議題が変更になるので、参加者は十分準備ができない上に、忙しい予定を再調整するのに苦労した。(中略)会議の決定事項については、NSCスタッフが、当然、要約を書くことになっている。しかし、その要約は大雑把で、私の記憶と一致しないこともあった。(中略)そのせいでNSCで何が話し合われたのか、何が決議されたのかを関連する執行省庁が知ることが出来なくなってしまった。NSCで何が決まり、次に何をすべきかについて、参加者の見方が異なることもあった。そのため、CIA、国務省、国防総省の高官は持ち場に戻り、自分たちが最善だと思うことをやってしまった。(P394)

 

これが真実だとしたならば、ラムちゃんはもっと怒って良いと思う。まぁ、この辺についてはラムちゃん自身「ライスは大学教授出身だから」「子ブッシュの意向もあるに違いない」と書いていますが、世界の超大国であるアメリカのトップ、しかもその外交政策で重要な会議運営がこれで良いんかいっ!?と突っ込みをいれたくなり、そして「よくまぁ、なんとかなったよな」と思わんでもないです。なんとかならなかった問題も山積みで、それが直接アフガンとイラクの政策についての問題にも繋がっているのだから、会議運営の恐ろしさが身に沁みて判ります。私の主催する会議で国の運命が決まる事はありませんが、気を付けたい。

パウエルとの仲も中々なもんで、非軍人のライス、元軍人のラムちゃんという考え方の違いが上記のような問題を引き起こすならば、同じ軍人同士もっと話が上手くいくんじゃね?と考えがちですが、そうは問屋がおろさない。パウエルが国連でイラクの大量破壊兵器について演説したことは有名ですが、その前に国防総省はテロリスト達がいるとされたイラクのクーマルという町を攻撃すべきと主張してました。が、パウエルが

「それでは私の演説が台無しになってしまう」

と反対して演説中にクーマルについて「テロリストの施設は判っている」と場所までいっちゃったもんだから、テロリストは演説後直ぐに逃げ出して全く意味が無くなった!とラムちゃんはお怒り。なんせ、ラムちゃんの記憶では

 二月三日、ニューヨークへ向かう二日前に、パウエルはNCSの席で大統領にプレゼンテーションの概要を示した。「全て裏はとってあります」。パウエルは自信に満ちていた。(P526)

なのに、

ところが、いつのまにか、パウエルはただ騙されて、国連安理保と世界に向けて誤った声明を出したという物語が出来上がっていた。(P529)

のだから。そりゃ、アメリカ合衆国という民主主義国家のなかで、他の省庁との会議の場(しかも、それははっきりした意見が決まり難い調和型会議)も何度となくあり、決断を下す最高責任者(大統領)でもないのに、気が付いたら自分だけが戦犯扱いされちゃたまりません。2度目ですが、正直これが真実だとしたらラムちゃんはもっと怒って良いと思う。

 

②法律戦争について

数年前には日本の司法が左翼化しており、その判決を憂う本を読みましたが、司法について頭が痛いのはどの国も同じようです。(最近は日本でも万引きして捕まった元女教諭へもの凄い金額を支払う判決が出たりしてましたね….なんなの、あれ。)特にラムちゃんの場合、「冷蔵庫を背負うレースに出たら身体を痛めた。冷蔵庫に「背負っちゃ駄目」って書いていないからだ」だとか「マクドナルドの椅子にオシリが入らなかった」とか嘘かホントかアホみたいな訴訟天国であるアメリカ合衆国の司法だけでなく、国際法やら他国が勝手に決めた「外国人でも裁く!」法律やらも相手にしなくてはいけないのだから、本当に気の毒です。ただ、涙目になってじっと耐えるのは我々のラムちゃんではありません。「ちょっと体育館裏来いや」のノリで他国の国防相を呼び出し、法律を変えさせちゃうシカゴっ子ラムちゃんが我らのラムちゃんです。

一九九〇年代、ベルギーの国会は、戦争犯罪や大量虐殺、その他、人道に反する犯罪について、その行為が世界中のどこでなされようとも裁くことが可能な裁判権を、国の裁判所に与える法律を制定した。これは普遍的管轄権といい、世界各地のどの裁判所でも、嫌疑のかかった不法行為が国際法違反と評されたら、アメリカ国民ー軍人も民間人もーであれ誰であれ、裁判にかけることができるとしている。(P685)

この法律に対してラムちゃん、ベルギーの国防相をNATOの理事会後、別室に呼び出し

早い話、サダム・フセインを逮捕して裁判にかけようというような努力をベルギー人がしていたという記憶が、私にはないのだが、と。(中略)ベルギー政府が世界最古の軍事同盟であるNATOの本部として機能を果たしていることを誇るのは当然だ。しかしこの際いっておくけれど、NATOがブリュッセルにあるのは、一九六六年にフランス大統領のシャルル・ド・ゴールがNATO本部をフランスから追い出したからだ。もしベルギーが同様に自国の領土からアメリカ人が出てきたくなるような法律を施行するつもりなら、我が国がNATO本部を再び移転させてはいけない理由などないと強く主張した。(P687)

と思いっきり恐喝?し、2ヶ月もしないうちに法律を破棄させたというお茶目っぷり。アメリカのヨーロッパでのプレゼンスを見せつける事件でもありました。

司法のことは専門外なので良くわかりませんが、政府内や議会でも色んな主義主張があるのに、司法だけは公平性がある、と信じるのは絶対におかしい。裁判官や陪審員も人間である以上、右寄り左寄り、社会主義、フェミニスト等色んな考えが反映される訳で、憲法の解釈だって「定説」はあるけど「正解」が決まっていないのだから、「司法即ち公平で正しい」という幻想は、ラムちゃんでなくとも捨て去った方がよいでしょうね。

 

③ラムちゃんの業務スタイルその他

普段は立って仕事をする派のラムちゃん、ニクソン時代は「黄禍」とよばれ、フォードや子ブッシュ時代は「雪片」と呼ばれるメモ魔です。きちんと書面に残す派らしい。あら、意外。ただ、解説にも触れられていた通り、文章として残っているからこの自叙伝もとんでもなく細かく、「もー、ラムちゃんのいう事が正しい!」と信じてしまいそうな空気を醸し出しているんでしょう。ライスも早くNCS&国務長官時代の自叙伝を書けば良いのに。同じ出来事に対する二つの視点を見比べるのもまた楽しい事だと思うのです。特に私自身、子ブッシュの時代は丁度大学〜アメリカ留学中で、国際関係を専攻してた事もあり、閣僚の面々は非常に馴染み深いもの。ラムちゃんの自伝は逆立ちしてもラムちゃんの自伝でしかないのですが、それでもやっぱり私にとってひたすら本を読み、勉強していた幸福な時代の象徴なのでした。

またラムちゃん自身については、軍人一本気というか、筋の通ったある意味非常にわかり易い性格であることがこの本から良くわかります。まずはアメリカ合衆国のため、良いものはよい、悪いものは悪いと判断し、その判断は貫かれ、そしてそれが過ちであった場合は素直に認める。イラク戦争などで悪者扱いされていますが、個人的には非常に好感の持てる人物です。

900ページは冗談なしに重く、通勤や通学中の読書にはお薦め出来ませんが、一読の価値はありです。

 

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