真剣に子供向けに書かれた本は難しい

靖国神社まで7月の三連休出かけてきた(↓)後、妹の家に遊びに行った時の話。

戦死した大伯父の話

妹は哲学について興味を持ち、まぁ、何かしら本を読んでみようと思い立ったらしい。「いい本はないか?」と訊かれたので、「池田晶子の本がいいよ」ともちろん推したわけである。ここ1ヶ月くらいは読んでませんけど、大ファンですからね。当然推します。で、「い・け・だ・あ・き・こ、ね〜」とスマホを使って(おそらくアマゾンで)調べた妹が、「お!じゃあ、この『14歳からの哲学』を読んでみようかな!」とか言いはじめるので、私は全力で止めた。「ダメ!その本が一番難しい!!」

だって本当に難しいんだもの。池田晶子本人も書いていたが、哲学(というか考えること)の深淵を、その一番深いところに一直線に切り込んでいる。「人生はなんのため?」「生きる、と、死ぬ、とは?」「愛とは?」「戦争とは?」「考えるとは?」「善とは?」「悪とは?」こういうことは、本来若い頃にめい一杯考え抜いて、大人になってから、政治とか社会とか、そういうふりかけをかけるのが正しい順番なのだ。ふりかけで満たされたお茶碗の中にご飯を詰め込もうとしても、ダメ。まずはふりかけで、お茶碗が一杯であることを自覚し、そしてふりかけを中から掻き出すことを先にすべきである。

というわけで、妹にオススメしたのは、同じコリー犬を飼っていたのだし、「犬の力を知っていますか?」という本。「犬を飼う」ことで発生する日常生活(散歩や犬とのコミュニケーション、犬が死ぬこと)にも哲学的思考は存在することを自覚する、それこそがふりかけを掻き出す第一歩となるのだ!(別に犬の話じゃなくってもいいんだけど、犬好きには一番取っつきやすいと思う。)「プレゼントしてあげるよ」と約束したので、今度渡さなくては。その他、読みやすいのは「考える日々 全編」とか「暮らしの哲学」あたりかな。雑誌の連載をまとめたものは比較的読みやすいと思います。まぁ、以下のリンクから色々探してみてください。

池田晶子の本

とにかく、すでに不純物にまみれてしまった大人には、純粋無垢な存在と信じて書かれた子供向け哲学書は、超絶難解なのである。同じくらいのページ数なのに、大人向けは1日で読めたが、14歳向けは数日かかってしまった。薄汚れた大人は、まず、自分についている埃をはたき落とすところから始めなくてはいけない。
    

 

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