青田買い?草刈場?「盗まれる大学 中国スパイと機密漏洩」ダニエル・ゴールデン

数年前に奥山真司氏が原著をお勧めしていたのだが、「うーん、ペーパーバックが出る予定っぽいし、そっちを買おう」と考えて放置していて、気がついたら邦訳まで出ていた。副題は「中国スパイと〜」になっているが、これは日本向け。原著の副題は「How the CIA, FBI, and Foreign Intelligence Secretly Exploit America’s Universities」であり、内容的にもこちらの方が正しい。中国を取り扱っている割合は多いものの、イランやキューバのスパイも大活躍しているのだ。

さて、本書はアメリカの大学における軍や産業、政府との強い結びつき、学問は開かれているべきという倫理観、多様性を求める留学生受け入れや海外の大学との提携などが、スパイにとって入り込みやすく、仕事もしやすい状態になっているというのを、2部構成で説明している。第1部が外国によるアメリカの大学でのスパイ活動、第2部がアメリカの情報機関によるアメリカの大学での活動である。

第1部は、デューク大学における最新科学研究を中国人学生が盗み、中国に持ち帰ったという話から始まる。この話に関しては、中国政府や軍の関わりが(少なくとも学生の在学中は)あまり説明されていないということもあり、単に「ものすごくモラルと学術的良心に欠けている」だけに見えることが、不快感を煽る。一言で言えばすっごいムカつくのだ。第2部の終わりに出てくる中国人教授もモラルの欠如がチラチラと感じられる。「中国人て…」と読者に思わせることが目的ならば、この本はかなり成功しているだろう。だが、第1部の山場は中国スパイではなく、キューバのスパイである。SAISに通っていた学生が同級生をスパイに勧誘し、その同級生がDIAに入り、キューバ政策への影響力を及ぼした。「アメリカ史上、最大級の被害をもたらした」といわれる所以である。その点、中国へのアメリカ留学生がスパイに取り込まれそうになった話などは小物だが、何れにしても「大学に入り込んだら協力者を作るのは簡単」という恐ろしい現実がある。学問のオープンさは、スパイにとって天国のような環境なのだ。

さて、第2部は逆に外国人に開かれたアメリカの大学において、アメリカの情報機関が活動する話。原著が分かりにくいのか、訳のせいなのか、特に第2部においては、話の筋を掴みにくいという問題がある。それでも、かいつまんで説明すると、大学と情報機関との関係はその時代によって変わっているということ。それによって、例えばCIAがどこまで入り込めるのか、工作員が講座に紛れ込んでいるのを容認するのかしないのか?が決まってくる。工作員の目的は外国の研究者で実際、対イラン作戦としては、偽の学会を開き、イランの核物理研究者に亡命を勧めたり、情報提供を依頼したりしていたらしい。

内容は抜群に面白い。日本の大学は大丈夫なのだろうか?アメリカほどではないが、大学教授は政府の要職に就くこともあるだろうに…と心配になってくる。ただ、残念なことに本書は本当に読みにくいのだ。一文一文の訳がおかしいというわけではなさそうなのだが、接続詞がなく前後の繋がりがわからなかったり、段落単位でコロコロ話が変わるため、さっきまでロシアのスパイの話をしていたのに、またキューバのスパイに戻るといった塩梅で、「ん?」と迷子になることが多々あった。2019年4月現在、amazonのレビューは3つあるが、その全てが「読みにくい」「主語がわからない」「ダラダラした文章」と文句をつけている。改訳のうえ、解説をつけて再版すべきなんでしょうね。内容は確かに面白いのだし、今ハーバードに通っている将来行政のトップに立つような日本人もいるだろうし、絶対に無関係とは言えないのだから。もう一つ文句を言えば、割合的にロシアについての取り扱いが軽いことである。情報機関出身のプーチンが権力を握ってから、その手の活動が緩くなったわけがないだろうに、個人的な印象では、イランの方が取り上げられ度は高かったのではないか?これはロシアが非常にうまくやっている証拠なのか、それとも本当にロシアは大人しくしているのか。間違いなく前者だろうが、それはそれで不気味である。

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