最近一気に買った本の進捗状況

4月に本代分の臨時収入があったので、一気に揃えた本のリストとその進捗状況を完全に自分向けメモとしてまとめてみた。★付きが読了、もしくは何かしら使っているもの。

この状況下ほとんどはe-hon経由で購入しているが、何冊か直接書店で(その臨時収入を充てて)購入しているものもある。その場合はこのリストに入ってないです。確かアガンベンの「私たちはどこにいるのか? 政治としてのエピデミック」とかウィンストン・ブラックの「中世ヨーロッパ ファクトとフィクション」、この辺。多分他にもちょこちょこと購入はしているはず。

因みに私なりに優先順位を定めて今回の購入本を選んでいて、まず金田一耕助シリーズはまるっと。その他は「本に書き込みをする可能性が高く、価格が高く、ここで買っておかないと入手困難になりそうで、図書館に置いていないもの」というルールで選んでいる。

個人的には思ってたよりは読んでたな、という印象。金田一シリーズはガシガシ読めるので、ガシガシ読もう。


  1. アリストテレス生物学の創造 上 
  2. アリストテレス生物学の創造 下 
  3. 資本主義問題 
  4. アメリカを作った思想 五〇〇年の歴史 
  5. 自然のしくみがわかる地理学入門 ★
  6. 甘さと権力 砂糖が語る近代史
  7. アメリカ様 ★
  8. 三つ首塔 ★
  9. 七つの仮面 ★
  10. 人面瘡 ★
  11. 迷路荘の惨劇 ★
  12. 首 ★
  13. 病院坂の首縊りの家 上
  14. 病院坂の首縊りの家 下
  15. 悪魔の寵児 ★
  16. 白と黒 ★
  17. 幽霊男 ★
  18. 英文解釈教室
  19. 新ラテン文法
  20. 教養の書 ★
  21. 書き取りシステム1800・1900
  22. カエルのバレエ入門 絵本 ★
  23. 悪魔の手毬唄 ★
  24. 仮面舞踏会 ★
  25. 悪霊島 下
  26. 悪霊島 上
  27. 本陣殺人事件 ★
  28. 悪魔の降誕祭 ★
  29. 犬神家の一族 ★
  30. 悪魔の百唇譜 ★
  31. 夜歩く ★
  32. 独検過去問題集〈5級・4級・3級〉 2020年版 ★
  33. 歴史が後ずさりするとき 熱い戦争とメディア ★
  34. 全体主義の起原 2
  35. 全体主義の起原 3
  36. かくれた次元
  37. 人種主義の歴史 新装版
  38. 新全体主義の思想史 コロンビア大学現代中国講義
  39. キャッチ=22 上 ★
  40. キャッチ=22 下 ★
  41. コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった ★
  42. 独検過去問題集5級4級3級2級準1級1級 2021年版 ★
  43. 善の研究
  44. 西洋中世の罪と罰 亡霊の社会史 ★
  45. 神の仮面 西洋神話の構造 下
  46. 神の仮面 西洋神話の構造 上
  47. 〈弱者〉の帝国 ヨーロッパ拡大の実態と新世界秩序の創造 ★
  48. 戦争論 われわれの内にひそむ女神ベローナ 新装版
  49. 荒巻の新世界史の見取り図 大学受験世界史 下 ★
  50. 荒巻の新世界史の見取り図 大学受験世界史 上 ★
  51. 荒巻の新世界史の見取り図 大学受験世界史 中 ★
  52. 仏教の源流 ★
  53. WHAT IS LIFE? 生命とは何か ★
  54. 漢字の体系 ★
  55. 中世のなかに生まれた近世 ★
  56. 近代とホロコースト ★
  57. 独裁の政治思想
  58. ウンベルト・エーコの世界文明講義 ★
  59. 情報の歴史21 ★
  60. エセー 7
  61. エセー 4
  62. エセー 6
  63. エセー 5
  64. 東欧革命1989 ソ連帝国の崩壊 新装復刊 ★
  65. 敗北者たち 第一次世界大戦はなぜ終わり損ねたのか1917-1923 ★

2021/10/17 読んだ本更新

2021/11/07 読んだ本、さらに更新

22/02/26 さらにさらに更新

昭和の新語

アメリカ様は、日本を未曾有の惨事へと導いた財閥を解体せしめ、悪法を廃止してくださった。いずれ財閥と同じく戦争への道を作った官僚もなんとかしてくださるだろう…という観点から、軽い文体で政府や出版人を揶揄しまくっているこの本で、一番面白かったのが「昭和時代に流行した新しい言葉」。明治大正時代にはなかったとのこと。意外な言葉が挙げられていたので、ここで書き出してみる。

この辺は納得感が強いもの。(納得感があるものは多いので全部じゃない。)

前線 共栄圏 統制経済 隣組 疎開 総動員方 玉砕 撃ちして止まん 防空服 闇市 進駐軍 外食券 千人針 

意外だと思ったもの。

産業戦士 交通整理 自爆 時差 横流し 栄養失調 協調 勤労奉仕

自爆は「使う機会は無かったかもだけど、言葉としてはありそうなのに」と思ったが、よくよく考えると、使う機会がない言葉は確かに存在しないのかもしれない。この辺深く考えていくと、唯名論、実在論の話になってしまうので、今日のところはパス。産業戦士や交通整理は、大正時代くらいならあってもおかしくなさそうだが、無かったんだなぁ。勤労奉仕とかは室町あたりからあってもおかしくない響きだが、それは「奉仕」部分であって「勤労」は確かに近代の概念なのかもしれない。栄養失調について、宮武外骨は別項を設けている。栄養不良という単語はあったらしいので、なぜ不良が失調になったのか、気になるところ。

一番びっくりしたのが「協調」。うーん、確かに言われてみると、なんとなく響きに昭和感はある。「協」は「共栄圏」「五族協和」の「キョウ」と聞こえ方が同じだし、「調」の方も栄養「不良」が栄養「失調」になったことを鑑みるに、昭和時代のお気に入りの漢字なのかもしれない。

こんなふうに、後から見ると「え、この言葉はこの時代に生まれたのか!」というのが、今の世でもそこそこあるんだろう。コロナ絡みだと「三密」とかは、100年後あたりには、今、我々が「疎開って昭和時代にできた言葉なんだ。まぁわかる」と言うのに似た扱いになっていそう。

守るべきソーシャル・ディスタンスはソーシャルのままでいいのか?

この1年ちょい、常々変だな、おかしいなと思っていたのが、「コロナ感染対策に【ソーシャル】・ディスタンスを!」と世間で言われている点。お互いの距離を取れという意味であれば、人と人とが物理的距離の話なのだから、【フィジカル】・ディスタンス、もしくは単にディスタンスで良いではないか?と。例えば、私が列に並ぶ。前の人と2メートル離れましょう。これは物理的な距離の話であって、別に前の人と社会的に近づいたり離れたりはしない。大概は「たまたま同じ行列に並ぶことになった」だけの知らん人である。「その人と社会的に離れろ」とは、何を意味するのか?同じ行列に並ぶのは、社会的には似たもの同士 [1] … Continue readingと言えなくもないだろうが、その人と社会的に距離を取れとはどうことか。私か前に並んでいる人のどっちかが社会的な何かを変えなきゃならんということか?うーん、妙。 [2]一応、WHOは「ソーシャル」じゃなくて「フィジカル」って言おうよ!って言ってるらしいけど、全く定着してない。「ソーシャル」なディスタンスって何?

と思っていたら、同じ疑問を提示していたジョルジョ・アガンベンの「私たちはどこにいるのか?」を読んだのでご紹介。去年の〜7月までにイタリアで発表された文章なので、日本の状況とはそぐわないだろうし、翻訳者あとがきにも書いてある通り、表面だけ読むと「コロナはただの風邪」「ソーシャルディスタンンスは不要」と主張しているのかと勘違いされそうな本ではある。とは言え、その主張は中々膝を打つものだった。

 

私なりにまとめてみると、【今回のコロナ禍での政府の対応は既存の法やルールではなく「例外状態」であること、そしてそれを皆すんなり受け取っていること、医学が人々の「コロナ禍でのあるべき生き方」を決めているが、医学はこの状況に関して、かつて宗教が提示したような救いや贖罪など示しようがなく暫定的な治癒しか供給できないこと、健康「権」が健康「義務」になったこと、そして、その先には個々の人間が「機械(インターネットなど)を通した社会的距離」を保った、というより、断絶された人間の集合である全体主義に続くこと】こんな感じになるかしら。

医学的装置であったならば、それは「物理的距離確保」や「個人的距離確保」と呼ばれるほうが正常だったでしょうが、そうではなく「社会的距離確保」と言っている。これが新たな社会組織パラダイムだということ、つまり本質的に政治的な装置だということをこれ以上はっきり表現することはできないでしょう。

P144

政府の呼びかけである「お互いの距離を2メートル取りましょうね」、これは物理的距離確保の話だが、実際のところはコンサートやイベントの中止、大学の対面授業の中止 [3]アガンベンはこれも中世から続いた学生団体の終焉、と嘆いている。、親にも会いに行けないし旅行にも行けない、とはっきり言われていないけれども、本当の社会的距離もキッチリ遠くなっている。物理的な距離のことを社会的距離と呼び、真の社会的距離については何も言われないまま、当然のものとして遠ざかる。使うべき言葉の階層がずれているため、本来その言葉で表現し、きちんと考えなければならないものが宙ぶらりんになっているのではないか。

アガンベン本人も本書の中でたびたび示唆しているが、これはナチスへの道と同一なのではないか?この本の前に「近代とホロコースト」を読んだのだが、そちらでも以下の通り、科学や距離について触れていた。

 

科学はなによりもまず、驚くばかりの力をもった道具とみられ、それを手に入れたものには、現実を改良し、人間の計画と設計に沿って現実を再形成し、その自己完成に向けて科学を後押ししてゆくことが許される。

P142

あらゆる分業(たんなる命令系統の存在の結果としての分業も含め)は、共同作業による最終結果に貢献したほとんどの人と、結果それ自体のあいだに距離を作りだす。官僚的権限の鎖の最後の輪にある者が自らの作業を開始しようとするまでには、ほとんどの準備作業はそれを行ったという個人的実感のない、また時として、その認識さえない人間によってすでに終えられている。

P189

一応、ちゃんと主張しておくけれども、私は別に「科学が悪い!医療なんぞクソだ!くたばれ、分業!」と言いたいわけではない。科学や医療の恩恵はきっちり受けているし、最前線でコロナと戦っている医療関係者や保健所の方々や研究者に対しては彼らがいるからこそ、私はまだ元気に生きているのだと感謝しかない。(じゃないと、とっくに感染してるでしょうよ。)分業制だって、いまさら自分の生活を全部自分で支えろと言われても無理なのだ。そうではなく、「この流れはきちんと把握しておく必要がある」と言いたいだけ。バウマン曰く、ホロコーストは近代の官僚制と科学だけでは起こり得なかった。

近代国家の官僚制度の頂点に君臨する、非政治的な力(経済的・社会的・文化的な力)から解放されたグランド・デザインの提唱者。これこそジェノサイドの元凶だ。ジェノサイドはグランド・デザインが実行にうつされる過程の不可欠な一部である。グランド・デザインはそれに正当性を付与する。国家官僚機構はそれに媒体を与える。そして、社会的麻痺はそれに「ゴーサイン」を与える。

P215

つまり、ヒトラーその人。それが出てくると、あれよあれよとグランド・デザインに基づいた造園的「雑草」の除去が始まってしまう。そして今、幸いヒトラーはいないが、宗教化した科学と近代官僚制は変わらず存在し、人々の距離は【ソーシャル】・ディスタンスによって十分に保たれているので、なかなか危険度が高い状態なのではないか?まぁ、だからと言って科学や官僚制を捨てることもできないし、この状況下でノーマスク・ゼロ距離接触というのも難しい。我々は起こっていることを無関心に眺めるのではなく、一人ひとりがしっかり見つめて考えていくこと、その結果の多元主義こそが全体主義を防ぐことになるのでしょう。ある意味興味深い時代ではあるが、後世の人に「あの時は危なかったけど、踏ん張ったねー」と笑ってもらえるように頑張りたいところですね。

 


 

ついでに、アガンベンの本から考えたこと。「科学(医療)は社会的な距離だけではなく、生と死の距離も広げているのではないか?」そして、ちょっと怖い一言。

人間が純然たる植物的状態で維持された場所はこれ以外かつて一つしかなく、それがナチの収容所

P92

References

References
1 並ぶ理由が同じ=同じ目的を持っている=社会的地位や収入が似ている…と、言える。例えば数量限定の高級チョコに並んでいるのであれば、高級チョコを買う余裕のある収入がある、並ぶだけの時間的余裕がある、など。もちろん、金に余裕はあるが、時間に余裕がない人が、金がないが時間がある人に並ばせるなどもあるだろうし、絶対的にそうとは言えない。
2 一応、WHOは「ソーシャル」じゃなくて「フィジカル」って言おうよ!って言ってるらしいけど、全く定着してない。
3 アガンベンはこれも中世から続いた学生団体の終焉、と嘆いている。

徒然日記

去年に続き、今年もGWは自宅でおとなしくしている。なにせ目に見えない上に放っておくと拡がるし、挙句どんどん変異するものが相手なだけに人間側の分が悪い気もするが、ながーーーい目で見ればいつか人類と今回の新型コロナウィルスは共存するのだと思う。そこまで人類が他の要因で滅びなければ、だが。そこまでは長いスパンじゃなくても、自分が死ぬ頃にはインフルエンザみたいに年1回の予防接種が一般的になっていて、あれも2種混合とか3種混合になったりするんじゃないかなと想像してみたり。まぁそれも先の話なので、まだまだワクチン接種の対象になりそうにない30代持病なしの身としては、日々の感染予防と免疫力UPを抜かりなく頑張るしかないのである。

というわけで、今回のGWも家にお篭り。お篭りですることといえば本を読むこと一択なのだが、今読んでいるのはErik Larsonの「the Splendid and the Vile」で、これがなかなか進まない。中身は面白い。チャーチルを中心に英独の戦いについて、やれ空襲下のロンドンのホテルの話やら、チャーチルの仕事の進め方やお風呂の習慣など小ネタが満載で、本当におもしろい。が!字が小さい上に本文だけで500ページあるのだ。英語の場合は日本語よりもやはり読むスピードは落ちるし、気合を入れても飽きがちになるので、なんというのか自分の精神力を高める訓練か何かかのように読んでいる。章立てが細かい分、そこでページが稼げるのが心の支え。

 

さて、なぜにこんなに焦って読んでいるかといえば、実は最近大量の図書カードをゲットして、本のバカ買いをしたというのがある。いま、目の前に積読が30冊ほど。まだ残金があるので、もう少し増える予定だ。これを片付けるとなると、洋書とはいえ1冊の本にそこまで時間をかけてはいられない。人生は短い、本は多い。困ったものです。

因みにドイツ語は粛々と勉強を進めている。ラジオや教科書付属のCDでスピーキングも始めたし。ただ問題はドイツ語検定を無事に受けられるかどうかという点。年2回実施なのだが、去年の夏のは中止になっているし、今年の夏も中止になった場合(もしくは密回避の都合、会場を確保できなかった場合)、冬以降に振替になってしまう。短期集中で5級もしくは4級合格を狙っていたのに、半年以上延びて自分のやる気が続くか心配。モチベーションがそもそも希薄だからなぁ…(英語以外の外国語を身につけたいだけ。)

とまぁ、こんな感じでグダグダ言いながら読書にドイツ語に頑張っております。え?仕事??あんなん人生のおまけよ、おまけ。

なんでかドイツ語を3ヶ月近く真面目に勉強している話

何がきっかけなのかイマイチ覚えていない、というより、「そうだ京都行こう」と同じノリで「そうだドイツ語勉強しよう」と思い立ったのが今年の1月10日。以降、地道に毎日ドイツ語を勉強している。リモート勤務の調子も掴んで冬の夜に暇だったのと [1]なんせ我が家にはテレビもないし。、新年の目標が何もなく、そこを人に突っ込まれた時に何か言えることがあるとよい気がするという、しょうもない理由からだ。もうちょっと高尚?な理由を言えば、私は英語はそこそこ満足できるレベルだと思っているのだが、それもこれも留学という技を使ったからで、真面目に単語を覚えて、文法を理解して・・・というステップを踏んでいない。つまり、赤ん坊が母国語をしゃべれるのと同じように経験で身につけてしまっているので、「自分に外国語習得能力があるのかどうか」が我ながら怪しいのだ。大体、留学前の英語の成績は学年200人中ワースト一桁常連だった。そこで、いざドイツ語!というわけ。なお、ロシア語でもラテン語でもなくドイツ語であるのは、単に「英語とドイツ語は似ている」「英語がわかればドイツ語の理解が早い」という風説を信じたが故です。

さて、まだ3ヶ月なので、全然まだまだものになってはいないのだが、普段の勉強方法を自己肯定感を得るためだけに書き出してみようと思う。ロンブ・カトー並びに千野栄一先生の本を読んで大体の方針を決めたのだが、お二方ともいうことはほぼ同じ。まずは単語に文法である。その後は辞書をいちいち引かずに、とにかく原著に当たってみよとのこと。コツはさっくりとにかく読み進めること。最初から辞書を引くと、調べる単語数が増えすぎ(しかも、重要じゃない単語まで引きがち)となり進みが悪くなって、モチベーション的にもよろしくないのがその理由。そしてスピーキングは恥かくことを恐れずしゃべってみるしかないが、このご時世ドイツ旅行に行くわけにも行かないので、こちらはちょっと諦め気味。単に書いてある文章を読むだけならともかく、コミュニケーションは瞬発力なので、こればっかりはね…妄想で会話できるほど、まだ単語力ないし。ヒアリングは今のところ教材のCDメインだが、4月からのNHKラジオも活用しようと思う。

  

 

単語は独検用の単語帳を買って、インデックスカードに書き写しつつ、「覚えていない」「覚えている(1回正解)」「覚えている(2回連続正解)」「覚えている(3回連続正解)」の箱を行きつ戻りつしている。一旦独検4級レベルまでは書き写し終わったので、今度は3回連続正解を日本語からドイツ語に書けるかどうかをやってみる予定。今のカード数が大体900〜1000なので、まずはこの分をきっちり抑えてから、次の1000語に手をつけたいと思う。問題はインデックスカードの置く場所である。1000語で大体幅30センチ弱になるのだ…まぁ「こんなに!」というインパクトはあるので、モチベーションアップにはいいのかもしれない。

文法については、最初に東京外語大の文法モジュールを一通りやってみた。例文の音声(ただし結構読み上げスピードが早いし、音質も良くない)が聞けたり、練習問題がついているのがよかったが、これだけだと不安というか、やっぱりPCだと勉強しにくい部分もあったので、改めて関口存男の「初等ドイツ語講座(全3冊)」を購入して、いま地道に進めている。なぜ関口存男なのかと言えば、ぶっちゃけAmazonでは文法書の良し悪しがわからず、八重洲ブックセンターに足を伸ばしたところ、オンデマンド出版の著作集がずらっと並んでいたから…というだけ。ほうほう、そんなに有名な先生なのか。帯も國分功一郎…ということで手に取ったのだ。Amazonのレビューをみると、語り口で好き嫌いがわかれるらしいが、幸い私は「好き」なほうだった。1講ごとについているLektion、これをドイツ語文章→日本語訳だけではなく、日本語からドイツ語に直してみるべしとあったので早速やっていたのだが、Lektion4で難易度についていけず [2]自己弁護。独日はまぁいけるんです。日独が無理。、悲しくなってきたので改めてLektion1に戻って「できる、できるぞ!」って自分を鼓舞したのが今週でした。ちょっと飛ばしすぎたのかもしれない。

 

その他は「ニューエクスプレス ドイツ語」をやっている。これは、どんなに疲れていても、出社デーでも必ず毎日1課。これは確か佐藤優だと思うのだが、語学勉強にこのシリーズをお勧めしているのを読んで、ドイツ語・ラテン語・ロシア語をまとめて買っていたのが家にあるからである。会話+文法という構成だけど、会話の聞き取りを主眼に文法はさらっと読むだけにしている。練習問題はやってないし。とにかく繰り返すぞ!の心意気なので、無事に4周目突入。なかなか面白いもので、流石に4周もすると、最初の方は細かな単語も聞き取ることができるようになって来る。夏に独検を受けるつもりなので、少なくともそこまでは毎日繰り返す予定。7周くらいはできるんじゃなかろうか。

そして、原著にあたれ!という教えを守るために(そしてドイツ語に慣れるために)、買った本がMichael Endeの「Momo」、Ulrich Herbertの「Das Dritte Reich」、Alois Prinzの「Beruf Philosophin oder die Liebe zur Welt」、あとペンギン社の独英対訳短編小説も。とりあえずは意味も単語もわからず読むというより眺めているような状態でMomoを進めている。ただ、恐ろしいことに、実は過去日本語訳でも読んだことがないMomoより、バリバリ得意分野の「Das Dritte Reich(第三帝国)」の方が知ってる単語が多いし背景をわかっているから、読みやすそうという実感がある。まぁ、Momoを一通り眺めたら、真面目に読んでみよう。薄いし!←とても大事。

大体こんな感じで1日1時間〜2時間をドイツ語に使っている。私の場合、ドイツ語を習得する理由自体が弱いので、モチベーションの維持が最重要課題かな、やっぱり。自分で自分のご機嫌をとりつつ、ちょっとでも前に進めていきたい。


追記:3ヶ月じゃなくて2ヶ月じゃない…!タイトル詐欺になってました。すみません。Twitterに連携しちゃったし、もうこのままで。

References

References
1 なんせ我が家にはテレビもないし。
2 自己弁護。独日はまぁいけるんです。日独が無理。

クーデターは1度成功すると歴史は繰り返すのか?をカウントしてみた。

ここから調査してみました。資料はエドワード・ルトワック「クーデター入門」の巻末補遺の表C・2 クーデターの成功・失敗リスト(1945-2010年)。私は統計というか資料の見方のプロではないので、あまりややこしいことはせずに、まずは単純に成功しかしていない国と失敗しかしていない国を羅列してみます。成功続き、失敗続きの場合はその回数も書いておきます。(何も書いていない場合は1回のみの成功・失敗。)ちなみに、元の資料にはクーデターの実行主体も書いてあって、たまに「それはクーデターなのかな?」と思わなくもないものも入っているんですが、とりあえずはこの資料を元にカウントしますので悪しからず。多分真面目に探せば、どっかによりわかりやすい最新のデータが転がっていると思います。クーデター回数とその成功率のリスト。見つけた人は興味あるので教えてください…

クーデター成功のみ

  • ブルキナファソ(5回)
  • ルワンダ(2回)
  • サントメ・プリンシペ
  • マレーシア
  • ソロモン諸島
  • キプロス
  • チェコ
  • ポーランド
  • ルーマニア
  • スロバキア
  • ブラジル(4回)
  • コロンビア(2回)
  • ウルグアイ(2回)
  • オマーン
  • チュニジア
  • ネパール(2回)

クーデター失敗のみ

  • アンゴラ
  • カメルーン
  • ガボン
  • ケニア
  • ザンビア(3回)
  • 日本
  • 北朝鮮(2回)
  • パプアニューギニア
  • 東ティモール(2回)
  • バヌアツ
  • アルバニア
  • ドミニカ
  • トリニダード・トバゴ(2回)
  • バーレーン
  • レバノン(2回)
  • モロッコ(2回)
  • アラブ首長国連邦(2回)
  • スリランカ(2回)

成功体験のみの国は16カ国、うち複数成功しているのは6カ国(37.5%)。失敗体験のみの国は18カ国、うち複数失敗しているのは8カ国なので44.4%。「あ、それもクーデターカウントですか…」みたいなのも個人的な感覚では結構入っているし、これじゃあいまいちわからない。ということで、今度は10回以上クーデターが起きている国のそれぞれの成功率を見てみます。(カッコの中は 成功数/総数 割合(小数点第2位で四捨五入))

アフリカ

  • ベニン(5/14 35.7%)
  • ブルンジ(5/12 41.7%)
  • 中央アフリカ(5/10 50%
  • チャド(3/15 20%)
  • コモロ(5/18 27.8%)
  • ガーナ(5/10 50%
  • シエラレオネ(5/10 50%
  • スーダン(4/14 28.6%)
  • トーゴ(4/12 33.3%)

東アジアと太平洋

  • フィリピン(1/11 9.1%)
  • タイ(11/16 68.8%
  • カンボジア(4/10 40%)

ラテンアメリカとカリブ海

  • アルゼンチン(8/17 47.1%)
  • ボリビア(9/15 60%
  • エクアドル(8/11 72.7%
  • グアテマラ(5/13 38.5%)
  • ハイチ(9/15 60%
  • ペルー(6/10 60%
  • ベネズエラ(3/11 27.3%)

中東と北アフリカ

  • イラク(4/11 36.4%)
  • シリア(11/14 78.6%

こうやってみると、アフリカ諸国は数は多いものの成功率はあまり良くない。南米は数も多けりゃ成功率も高い。中東&北アフリカのイスラム圏は意外と少ない。アジアも実は10回に届かないけれども5回以上の国が満遍なく広がっている状態で、最初は東南アジアにクーデター頻発地域が固まってるのかなと思ったのですが、実はアジアには中国がどどーんと存在しているため、そもそもその他の国の数が少ないのでした。中央アジアは集計期間の半分以上ソ連だったしね…と考えると、やっぱりクーデターが多い地域といえそう。

そして肝心の「クーデターの成功体験ゆえに歴史は繰り返すのではないか?」という点について、最初に申し上げた通り統計が出来ない故に、私がみたところの印象になりますが、10回以上クーデターが起きている国はほとんどの国で1回目か2回目の少なくともどちらかで成功しています。例外はアルゼンチンのみ。 [1]なおアルゼンチンはその後3、4回目で連続成功している。ので、初期の成功体験により、クーデターという選択肢が比較的容易に選ばれるのではないか?とは言えそうです。 [2] … Continue reading

ついでに資料で目についたことを何点か。(と言うより、諦めの悪い国の羅列)

  • 2〜4回失敗続きの後に成功するパターンがそこそこ多いのですが(数打ちゃあたると言うことだろうか?)、アフリカは最近になるほど失敗続きの国もある。チャドは8回連続失敗。ベニンは6回。その後成功した記録もない。 [3]2010年までの記録を利用しているので、その後10年間で成功しているのかもしれない。トーゴは6連続失敗後、1回成功。
  • 連続クーデター失敗の最多記録はフィリピン。10連続。成功も最初の1回のみ。いい加減諦めた方がいいと思う。
  • 南米は割と手堅く成功体験を繰り返しているのだが、ベネズエラは7連続失敗。2010年以降の記録がないものの、一昨年にもクーデター鎮圧したとかニュースになってましたね。

もう、集計する気もわかないのか、北米や西ヨーロッパはリストに国名さえ上がっていないのですが [4]ポルトガルのみ6回クーデター起こってて、バッチリ載ってます。、ルトワックによると

  1. 経済の後進性
  2. 政治的独立(その国の国内政治における外国の影響が比較的少ないこと)
  3. 有機的統一(政治的中心があること)

の3つがクーデターの条件になるので、まぁまず起こらんわいってことでしょうね。逆に失敗続きでもクーデターが続く国というのは、国内政治の状況の悪さゆえでしょうから、一概にクーデター連続失敗してよかったね!とも言えないわけです。新型コロナウィルスの影響により、世界的に経済状況が悪くなっていくなかで、今後クーデターが増えるのかどうか、気になるところです。

以上、私の資料読み解き能力の低さ故、いまいちよくわからん結果ではありましたが、「10回以上繰り返している国はほとんど初回か2回目にはクーデター成功体験を持っている」というまとめで終えようと思います。お粗末様でした。


追記:よくよく考えると「クーデターに記憶」だけでも、繰り返す原因になるのかもしれない。まぁ、失敗後の首謀者の扱い方や政治状況によっても違うのだろうけど。なので、まぁ、これはあくまで数字の上の話ですね。やっぱりちゃんと状況を個別に分析しないと、「クーデター経験がある国の方が繰り返しやすい」とは言えないな。

References

References
1 なおアルゼンチンはその後3、4回目で連続成功している。
2 ただし、全てのクーデターの状況を調べたわけではないので、最初の成功が本当に「国民にクーデター成功として認識されているのか?」は正直疑問である旨、記しておきます。
3 2010年までの記録を利用しているので、その後10年間で成功しているのかもしれない。
4 ポルトガルのみ6回クーデター起こってて、バッチリ載ってます。

不味いお茶だと…

仕事終わりに、さてお茶でも飲みながら本でも読みますか!という気分で、不味いお茶だと死にたくなるので、奮発して高いのを買ってます。ほうじ茶は前に買ったのがそもそも美味しくなかったのか、それゆえ消費できぬまま古くなってしまい、ますます味がよろしくなくなったのか、それともいれ方が悪いのか、どうも喉にチクチクするので、あまり好きではない。玉露も淹れ方が難しいのでパス。やはり舌が慣れているお煎茶が一番好きなのです。それも何度も湯を足した出涸らしに近いのが最高。それをズズズとお行儀悪くすすりながら、これまたお行儀悪く足を投げ出して本を読むのは冬の至福の時なのです。

故に、不味いお茶だと死にたくなるのだ。

2020年、今年の総括!(生活編)

私はここ数年ほぼ日手帳を使ってて、できる限りその日の日記をつけるようにしているのだが [1]肝は「できる限り」。普通に1ヶ月つけないこともある。、それを読み返しつつ、今年を総括してみようと思う。

■1月

新年早々出社だったのだが、人の品性問題にえらく憤っている。人間椅子にハマったり、2月末のチュニジア旅行の準備をしたり。1/22に「武漢のコロナウィルス」について初言及。新年の帰省でいきなりコーヒーがまともに飲めるようになったので、月末にコーヒーメーカー買った。

■2月

iPhoneをチュニジア旅行に向けて機種変。初めての10万越え&審査にビビってたのが月初。日記によると、FaceIDをどうしても信用できずに会社で部下の顔で試しまくってたらしい。チュニジアへの旅はビジネスクラスだったので、空港や飛行機の中でめっちゃ興奮してた。この辺はあえてコロナに触れてないな…

■3月

チュニジュアから帰国して落ち着いた2週目くらいから仕事へのコロナ影響についてチラホラ書いている。因みに会社では「リモートワークへの準備が完璧だった」と評価されましたが、全てはチュニジア旅行のためでした。旅行中になんかあっても、メンバーが対応できるように全業務洗い出してたからね…3/23に自粛生活で必要なものを以下のように洗い出していて、25日に仕事帰りにスーパーに行ってパスタや乾麺がない!って騒いでいる。31日に「リモートだと本を読めない」とぼやく。

娯楽:本 OK

飲み物:水 OK(一応買うか?)

    その他 まぁOKでは?

食べ物:缶 OK とは言え買い足しておく?

■4月

中旬くらいから「いかにリモートワーク環境を整えるか?」と試行錯誤。プリンター買ったり、ワゴン買ったり。4/9に謎のぼやき。「思うに、死ぬ私は死んだらいなくなるのだから、死を認知しえない。となると、私の死とは私にとって何なのか…?と考えると、死ぬときは人は死ぬ、とあきらめ?がついてくる。生への未練はヘーゲルを読まずに死ぬことぐらいにしておきたい。できればそれもなくしたいけど他に読む本が多いからね。こまったものです。」因みに今時点でもヘーゲルは1行も読んでいない。こまったものです。

■5月

食べたもの、体重、本の進捗しか書いていない。今年のGWはずっと仕事をしていた。いきなり板タブを買って、遊び始めたのもこの月。

■6月

仕事が忙しかったらしい。防衛白書に知り合いが載ってて自慢してた。

■7月

この月から日記をサボり始めている。月末、頭痛に悩まされていた。今から振り返ると、3月末から始まったリモート生活に慣れて、本格的に書くことが無くなったのだと思う。

■8月

1ヶ月まるっとサボっている。因みにお盆は実家に長めに帰って「もうどこで仕事しても回るじゃん」というのを実感してた。

■9月

前半、色ボケ。後半、美術館回り。浮世絵と大津絵。コロナで外国からの貸し出しができないだろうから、日本ものが充実するかも!と考えていた、芸術の秋。

■10月

サボり気味。中身も特筆すべきこともない。三鷹(武蔵野)住民なのに、初ジブリ。子供と一緒だったので、一番じっくり見たい部分が素通りだった。てか、ジブリ美術館、子供は猫バス以外に面白い要素あるんか?短編映画は怖がって号泣してる子いたし…

■11月

やはりサボり気味。暇だったのか美容系YouTube見まくってた。(おすすめ化粧品のメモあり。)11/28に川鍋暁斎展と桃山展を両方見に行くという無謀なことをしており、案の定バテていた。図録デカくて重いからね。

■12月

サボっている。ほぼ唯一のメモ「仕事=クソ」

 

一言で言うと、2020年は私にとって、働き方見直しの年だった。「意外とどこでも仕事ができる」「ちゃんとやればコミュニケーションも問題ない」この辺がわかったのが良かった。何より「リモートワークでできない仕事は、何かしら効率が悪い [2] … Continue reading」という基準で、業務見直しをできたのが良かった。

また、リモートワークが主流になるにつれて、住環境も見直したのでずいぶん居心地の良い部屋になった。通勤がない分、朝夜の時間が充実したのは間違いない。まぁ、朝は睡眠時間にそのままアドオンなってるけど…読書については、最初は「そもそも平日に家で本を読む習慣がない(風呂の中以外)」だったのでリズムを組めずにいたが、徐々に昼休憩や夜仕事後に読めるようになってきた。これは住環境の見直しで読書しやすい環境を作れたのも大きい。

2018年、2019年分を見返しても、夏ごろから日記をサボり始めているので、来年の目標は「最後まで書く」にしよう…そして、「書物の破壊の世界史」を読んでいて、こういう日記にも意味はあるのだと思ったので、ニュースについてコメントしたり内容にも気を遣おうと思う。今年も毎日コロナについてコメントしていれば、さぞかし面白い日記になっただろうに。とりあえず、今日の分からはちゃんと日記つけます。

References

References
1 肝は「できる限り」。普通に1ヶ月つけないこともある。
2 語弊がないように念の為補足しておきますと「私の仕事において」です。世の中にはリモートワークが成り立たない業務もあるのは重々承知しております。てか「出社しないとできない業務=郵送物系」をうちのチームも抱えておる…

河鍋暁斎展&桃山展

2ヶ月ほど前に大津絵展を一人で見に行き、大津絵ファンの母に「図録を買ってくれ」と言われていたので1冊買っておいた。それをたまに眺めて楽しんでいたのだが、先週末に母と話したところ、「図録を買っておいてくれ、というのは「母の手元に置く1冊が欲しい」」という意味だったということが判明。私も自分の行った(そして気に入った)展覧会の図録は買って手元に置いておきたいタイプだし、母の性格上、確実にこれから毎日1回は「大津絵の図録…」と言われるし [1]「ボケたら1日3回だよ」By母、そりゃかなわんので調べたところ、まだ美術館には在庫がありそうだったから、すわ!と今やっている河鍋暁斎展に行ってきた。今回は母も一緒。

この河鍋暁斎展、コロナ禍もあり、元々企画として出てはいたが急遽実施が決まった「下絵」や「スケッチ」ばかり集めたものである。我らの内情としては大津絵の図録のおまけ気分だったのだが、これがなかなか面白い!河鍋暁斎は幕末〜明治期の画家で、狩野派の元で修行。「枯木寒鴉図」は当時百円で購入されたり、その場で注文を受けて素早く書く書画会でも人気者で、富裕層に好まれていた。そのせいで絵日記はまとまって残っていない。 [2]欲しがる人が多かったらしい。果てはお雇い外国人ジョサイア・コンドルも弟子入りするわ、一緒に日光に写生の旅へ出るわ、交友関係もなかなか広く、また弟子には乞われると絵見本を描いてあげたり、多分結構楽しい人だったのかもしれない。伝記を読んだことがないので、実際のところはわからないけれど。錦絵や滑稽本や教科書の挿絵、団扇のデザインなんかもしているので、大衆にも知名度があったのだろう。娘が父親の絵のフォローをするのなんかは北斎に通じるものがありますな。

で、肝心の絵について。下絵なのでまず、墨で人体(裸)であたりをつけた上に、朱で着物を描いていたり、骨格を意識したり、踊る男女のポージングを練習してたり、気に入らない部分には半紙を貼り付けて描き直したり。母は純粋に感心してたのだが、私は「これ…コミスタ…」という考えが頭の中を何度も駆け巡った。「これ、レイヤーじゃん」「これ、デッサン練習じゃん…」書画会についても、「これ、スケブ…」って頭をよぎる。絵を描くというのは、今も昔も変わらないんだなぁ…という意味で、なかなか面白い展覧会でした。

その後、私は続けて桃山展へ。こちらは明日までだったのでついでに見てきました。見所がありすぎて、かえって語れない。本の中でしか見たことのない、有名な絵や屏風の本物がバンバンと怒涛の勢いで展示されていて、「あ!これチャレンジでやった」ならぬ「あ!これ教科書載ってた!」って感じ。大きなものも多かったので、近寄ってみたり遠のいてみたり。時間が遅かったせいか、意外と混んでおらず、それもあって満足度は非常に高い。強いて言えばお茶碗の飾る台が高いので、内側が全部見えなかったことくらい。もうちょっと低めの台にしてくれればいいのに…

と、こんな感じで今日の美術館巡りを終えたのでした。来年以降、コロナの影響でますます国内所蔵品が出回るんじゃないかな、と予想。今回の河鍋暁斎展みたいに、面白い切り口のがあれば、また是非行きたいと思う。

References

References
1 「ボケたら1日3回だよ」By母
2 欲しがる人が多かったらしい。

徒然日記

 

今村均の本を読んだ。私はまぁ、平均ちょい上に昭和史は詳しい方だろうけど、かといって陸軍大将を全部覚えてるとかそういうわけでもなく、要は著しい知識の偏りによって、今村大将のことはそんなに知らなかったんである。実は私の祖父はラバウルで終戦を迎えており、そのことを数年前に話の流れで知り合いの某公務員に言ったら「聖将今村均!」って言ってたのがイヤに記憶に残っていたのだ。もちろん祖父から今村大将のエピソードを聞いた、なんてこともない。ので、今回本を手に取ったのは「たまたま本屋で棚置きされてた(終戦特集だったかもしれない。)」「祖父がラバウル帰り」「聖将発言」という、てんでバラバラの3つの理由による。聖将って言ってますけど、どんなもんじゃいという心持ち。

読後の感想としては「まー、こりゃ聖将言われますわ」という感じ。もちろん、現在の価値観と照らし合わせると、考え方が古い部分も多いし、西洋人と現地人への態度の違いもたまに透けて見えるのだが、当時の状況、しかも現在における「日本陸軍」に対する意識を鑑みるならば、なかなか立派な人だと思う。こんな偉そうな書き方すると怒られそうですが。また、何故だかところどころ「リーダーシップ論」に読めないこともない。やっぱりこうじゃないと部下はついてこないよなぁ…って。裁判のくだりについて、多少読むのに踏ん張りが必要な部分もあったが、大筋気軽に読める上に、当時のインドネシア独立の雰囲気もよくわかる。期待度の割には面白かったです。

因みに今読んでいるのは白川静「字書を作る」。これはもう完璧に歯が立たない。もうちょい入門編な本を買えばよかったと反省中。その次には図書館で借りたブルース・チャトウィンの伝記。その次は…?この前買った本のどれかか、今日買った「独学大全」かな。

仕事について思うことはあるのだけれども、まだ言語化できる状態ではないのでまたいつか。このブログに投稿したら、そのままnoteに投稿できないものだろうか?最近あちらを更新していないので、そんなプラグインがあると楽で良いのだが、そもそもブログとnoteは意味合いが似ているから(競合してるようなもんだし)難しいかな。この後探してみます。 [1]調べたけど、やっぱりなかった!

References

References
1 調べたけど、やっぱりなかった!