主観でしかない韓国コスメレビュー(スキンケア部門)

たまに波が来てドカンと買っちゃうのが韓国コスメ。未来の自分に向けたメモです。思ったより色々試していたので、スキンケアとメイクアップで分けてご紹介します。因みに私はブルベ冬、肌質は多分混合肌で、全般的にはめちゃくちゃ強い肌だと思います。ニキビも1年に1度1箇所ポツンとできる程度で荒れた経験がほぼないのです。これは遺伝かもしれませんね。シミが出てきたか?というのが目下の課題。シワは多分、顔が丸いせいで行方不明です。

 

 

前にヨルダン旅行に行った時、「砂漠→乾燥→保湿→フェイスパック!」という思考過程でLuLuLunのを持っていって使ったことがあるのですが、その時にいまいち肌に合わなかったことから、しばらくフェイスパックを敬遠していたのです。あの時から10年くらい経ってるし、私の肌もその分お年を召しているし、ということで、前回の韓国コスメ買おう!波が来た時にこちらを買ってみたのですが、悪くない。悪くはないのですが今はVTに乗り換えているので、何かがパッとしなかったんでしょう。顔の形に合わなかったか、VTの方が安かったか…そういえば液が多めで机にたれてた…というのもあったかもしれない。あとピンセットが2回目くらいで折れたw…って、これだけあれば乗り換える理由には十分でした。VTつかってるし、よっぽど成分的に心を惹かれなければ、次買うことはないと思う。

TIRTIRからの乗り換え先。Amazon定期便で買えるのが良い。(初回はQoo10で買ってます。)今のところ肌の調子も悪くないので、今後も飽きるまでは継続予定。これをつけて本を読んだり、皿洗いしたりしてます。液ダレも心配無用だが、すぐに乾燥するほど少ないわけでもない、絶妙なジュクジュク度です。強いてマイナス点を挙げるとしたら、私の手が大きすぎるせいか、パックが少なくなった時に付属のピンセットを使っても取りにくいこと。でもこれはこの梱包タイプのパックの宿命ですかね…ピンセットは折れないですが、最初開ける時はいっぺん蓋を押し込まないと綺麗に開かないです。1個目は無理やり引っぱったので、取っ手を引きちぎってしまった。ちゃんと注意事項にも書いてあったので、これはマイナスポイントではなく、単に私が野蛮なだけです。

こちらは買ったばかり。ビタミンチャージということで、楽しみでございます。(使ったら追記します。)

旅行の時に買ったの。上のみたいに大容量じゃなくて個別包装ってのが理由なのかもしれないが、ちょっと液が多い。たれるんじゃないかとドキドキしちゃう感じ。しょうがないのでパック中、何度か顎から首に液を流して塗りつけてました。そしてガーゼタイプなので、そこでも好き嫌いが分かれるかもしれません。私は好きじゃないな…鼻の下の部分が顔の形に合ってなくて弛むし。後1袋残っていますが、根性で使います。なお、この商品を使って肌が荒れたとかそういうことはないので、ジュクジュクなパック好きな方には良いかもです。

初回は確かに毛穴がめっちゃくちゃ綺麗になった気がしたんだけれども、その感動体験がのちの期待値を爆上げしちゃったらしく、2回目からはうーん?という使い心地。もしかすると全体的には綺麗になっているのかもしれない。けれども差分がわからない…なので満足度が低い。私はもっと「ごっそり!」みたいなのをみたいんだ!ということで、無くなっても買い足しはしないでしょう。因みに、肌に塗った後、泥が乾燥したら洗い流すタイプなんですが、そう簡単に落ちないんですよね、これ。肌にはよくないんでしょうが、洗顔泡だてネットで擦って落としてます。これも面倒で買い足ししない理由。もうちょっとスルッと落ちるならば「まぁ、効果は不明だけど、こういうパック、一つは家にあってもいいよね」って買いそうなんですが。

Qoo10のメガ割で買ったのだったか…レビューが良いので試してみましたが、悪くないけど、良さもわからぬ…という感じです。そういえばタカミの青いビンのピーリング?美容液?も効果がさっぱりわからなかったのでした。今の使い終わったら次は無しかな。みんな肌のトーンアップとかどうやって判るの? [1] … Continue reading

これは拭き取り式なので、白黒はっきりしているというか効果(むしろ結果)が非常にわかりやすいです。顔部分は拭き取っても大したことないんですが、首まで拭くとヒャー!ってなります。ただ、首に使ってヒャー!ってなってるだけで、一番大事な顔について効果がやっぱり「?」な状態なので、今のがなくなったら、リピートはしないと思う。毛穴が小さくなったわけではないし。でも、1年後くらいにまた買っちゃう気がします。というわけで1年後の私へ伝言→「買うな」

お試しサイズを購入。最近買ったばかりなので効果を実感できてないですが、やっぱり魔女工房のガラクナイアシンと同じ道を辿りそう。どうしてこういうのがわからないんだ…私も感動したい。

鉄板オブ鉄板。イニスフリーのレチノール!レチノールらしさ(ってなんだ?って感じですが)を求めるならば少々物足りない気もしますが、普段使うにはこれくらいで良いんではって思ってます。こう、じんわり効く感じ?レチノールだけは私の頑丈肌でも流石に「おっ!」ってなるのです。ザ・レチノールって感じはしないけど、しっかりレチノール。「年齢は首と手に出る」教信者なので、首にもちゃんと塗ってます。最後に手にも塗り込んでます。実は下に載せた商品にちょっと浮気しようかとしてるのですが、これに戻ってくるかもしれないし、戻ってこないかもしれない。そして、やっぱりこの子はマイルドなので、レチノールらしさを求めて、刺激の強い子も併用するかもしれません。

 

イニスフリー コラーゲンペプチド弾力アンプルクリーム50ml

AmazonにはなさそうなのでQoo10のリンクです。まぁ、40代突入直前ですし、コラーゲンとか気になるよね、という理由だけで購入しました。まだ届いてないので、レビューは後日追記します。

イニスフリーのレチノールからの浮気先。こちらもまだ届いてないので、届いたら追記します。


こんな風に並べると、我ながら壮観というか、結構な数の商品を試しているのだなぁと思います。因みにここにあるのは全部夜のみの利用で、基本ラインというよりはプラスアルファとしてです。 [2]買ったばかりのイニスフリーのクリームは無くなるまで基本ラインに組み込まれる見込みですが。流石にクリーム2回はつけない。私の肌は資生堂のドルックスで成り立っているので、エタノールが肌に悪いと言われようと、おばあちゃんの家にありそうと言われようと、スーパーの一番下の棚で売ってるやつって言われようと、また韓国コスメのマイブーム波がこようと、ドルックスへの忠誠心は揺らがないでしょう。ドルックスの化粧水(紫)→乳液(季節でタイプを変える)→クリーム(最近見かけないので売ってる方を買う)があれば、私の肌は無問題なのです。そうそう、あとはなんとなく乾燥してんなって時のエジプシャンマジック(バーム)と、体の保湿用のセタフィルのジャー! [3] … Continue reading手にはユースキン。たまにオイデルミン [4] … Continue readingも使いつつ、立派なババアになりたいものです。でもまぁ、死ぬ直前まで韓国コスメやらなんやら、色々トライしてそうだけど…

References

References
1 今思ったんですが、私が極端に人と会わない生活をしているから、だれも褒めてくれないだけ、というのもあるかもしれない。会社じゃ顔半分というか、一番肌の改善が見れるであろう頬がマスクで覆われているしさ。
2 買ったばかりのイニスフリーのクリームは無くなるまで基本ラインに組み込まれる見込みですが。流石にクリーム2回はつけない。
3 基本なんでもジャータイプが好きです。ポンプやチューブよりも。エジプシャンマジックは日本のAmazonだとどれが正規品かよくわからんので、アメリカのAmazonで買ってます。元々本を買うのにアカウントを持っているので。
4 安い方!ピンクの方です。てか、今思ったけれども、デパコス系の基礎化粧品は過去ほぼ使ってないな。10年以上前のドラメールくらい?安上がりな肌でありがたいことです。

今年見つけた最高の温泉

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新潟県栃尾又温泉自在館。最高の最・高である。よくぞ見つけた私。偉いぞ私!…と、自画自賛するレベルで、良い温泉なのでご紹介。因みに2月に母と5泊、9月に一人で3泊してます。年内は難しいだろうけど、来年もまた行きたい。

さて、最高だと思ったのはもちろん理由があるからで、それらの理由はおそらく一部の人には、むしろ欠点というか、行かない理由にはなると思う。でも、私と似たような属性の人ならば行って後悔しないと思うよ。

1)ぬるめなので長湯できる

熱湯好きな人や冬場は少々欠点となりそうなポイントなのだが、数時間浸かっていられるぬるさなので、なにが捗るかといえば、読書!男湯の様子はわからないが、女湯では本を持ち込んで読んでいる人が多い。雑誌を持ち込んでいる強者もいた。私は初めて大浴場へ行った時、まさか温泉の中で本を読んでいる人がいるとは思わず、本を読んでいる人を見て驚いたし、そのときお風呂に本を持ってこなかったことを悔やみましたよ…まぁ、5泊する=部屋で読むつもりの本を7冊くらい持ち込んでいた [1]途中で読む本がなくなるのって恐怖じゃないですか?ので、以降風呂に入るときは必ず本を持っていきました。なお、なんせ新潟の山の中、お湯に肩くらいまでつからないと2月は当然として9月行った時もそこそこ寒かったので、お湯の上に突き出す腕が辛くないように、あまり重くない本を持ち込むがよろしい。勿論、読書するのに特化した温泉ではなく、単に温泉の具合が読書に向いているだけで、本を置く場所や読む場所が特別にあるわけではない。なので濡れても良いよう、カバー、できればビニールカバーをつけるのがベスト。また、ぬるいとはいえお風呂に浸かって読むので、あまり難しい本もよろしくない。 [2] … Continue reading早川のポケミスやらSFやら気軽に読める小説がよさそうです。今度行くときは銀英伝を持ち込んで再読しようかな…

因みに家族風呂は加温されており、大浴場ほどは長湯できないし、そもそも時間制だし、髪や体も家族風呂で洗ってしまう派なので、本はそんなに持ちこんでません。そもそも大浴場に比べると本を一時的に置く場所もないし。あと、一番有名なお風呂が「霊泉したの湯」だろうけれども、ここはおそらく夜はとても暗いので、本を読むのには適さない予感です。「本が読めるかどうかわからんのに」と行くのをめんどくさがって、夜行ったことがないのでよくわからぬ。 [3]他の大浴場2つは夜も読書できます。実績あり。家族風呂は、先ほど書いた通り加温されているので、大浴場の合間に入ると良いです。私は朝6時から家族風呂→8時朝ごはん→9時〜12時大浴場→12時〜14時ごろ昼ごはん・昼寝・家族風呂→14時〜17時大浴場→18時夜ごはん→20時〜22時大浴場(場合によってはその後、家族風呂)って感じでした。

念の為だけれども、読書することが推奨されている温泉ではなく、あくまで温泉を楽しむついでに本を持ち込ませてもらっているだけだから、いくら静かに本を読んでいるだけとはいえども、他の方の迷惑にならぬよう注意はしなくちゃならないと思います。

2)ご飯が少なめ。でも超おいしい。

一汁四菜の少なめな晩御飯。いわゆる旅館のご飯ではなく、お刺身やお鍋はない。でもすんごく、すんごーーーくおいしい。素材の味だとか、優しい味だとか、ありきたりな表現になってしまうけど、うーん健康的な味!という味なのだ。ご飯は勿論魚沼産のコシヒカリですし。「もうそんなに若くないのよね」って言いがちな女性にはちょうど良い量ではないだろうか。男性には多分少ないと思う。

逆に朝ごはんは割としっかりしており、お昼ご飯をちゃんと食べなくても夜までもつ。お昼は食堂でラーメンとか、カレーとか、おむすび、サラダなどを注文できるし、持ち込んだカップヌードルやらパンを食べても良い。私は一人旅のときはご飯を抜いて昼寝をした日もあったけれども、それでも何とかなりました。

3)ほどよいセルフサービス

お部屋には最初からお布団がしいてあり、館内着の作務衣やバスタオルは自分で交換するスタイル。お茶もお部屋にはなく、廊下やロビーにポットがあり、そこで自分で淹れる必要がある。なので「なんでも持ってきてもらう!やってもらう!」という姿勢だと、全然楽しくないかもしれない。が、自分でやるということは自分のペースで自由である。持ち込みもOKな訳だから、牛乳やティーバッグを持ち込んで朝から紅茶を飲むこともできるし、お昼にレッドブルをあおってもいいのだ。部屋の外に出るのは手間かもしれないが、好きな時に気兼ねなく楽しめるほうが良いという人には最高でしょう。因みに個人的な意見ですが、マイカップを持っていくと便利だと思います。私は琺瑯のカップと、水筒を持っていきました。水筒はお風呂に持ち込む用ね。

何より、お水のポットがロビーにたくさんおいてあり、自由に持っていけるというのが本当に嬉しい。温泉って、お部屋に水がないと大変じゃないですか?夜寝る前に「お水が残り少ない!」って発見した時に絶望するのが嫌なので、自分で簡単に補充できるのは本当にありがたい。多分、これが私の一番の評価ポイントだと思う。お水が自由に、気兼ねなく飲める!大事!!!

4)車なしでも東京から楽にいける

最寄りの新幹線駅まで送迎があるため、東京からアクセスが楽なのだ。それはもう、本当に楽!帰りも道の駅に15分くらい寄ってくれるので、お土産を買うこともできる。連泊する場合、事前にきちんと伝えておけば、帰り客に混じって道の駅で降ろしてもらい1〜2時間ほど道の駅や向かいのスーパーで食料調達することもできます。栃尾又温泉の周りにはこれという観光施設はない。そもそも旅館自体3軒しかない小さな山奥の温泉なのです。本格的に篭って、温泉(と、食っちゃ寝)だけを楽しむ覚悟があるならば、不便に感じることは一切ないと思います。

5)静か

大浴場に未就学児が入れないこともあるだろうし、というか入ったところで大人しく長湯できないだろうし、宿にアミューズメント施設があるわけでもなし、周りにも山以外何もなし、ご飯だって小学生以上の子供には少ないだろうし、大学生がキャーキャー来るような施設でもない。風呂に入る以外、することがないのだ。女性6割〜7割、うち一人旅が半分以上だろうか。みな静かに過ごしている。静かに温泉入って、シンプルだけどおいしいご飯食べて、本読んで寝るだけ。これを幸せと言わず何を幸せと言おうか!って感じの人ばっかりなので、本当に静かです。

以上、自在館のおすすめポイントでした。さ、来年の予約しておこうかな。3泊では足りなかったから、しっかり働いて稼いで、もうちょっと長く泊まろう。そうしよう。

References

References
1 途中で読む本がなくなるのって恐怖じゃないですか?
2 読みかけの松岡正剛の仏教本を読むのは少々苦行だった。なお、普段から風呂の中で本を読んでいるのだが、高校生の時にヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を読んでのぼせそうになったので、それ以来風呂の中の本は読みやすい本にしている。
3 他の大浴場2つは夜も読書できます。実績あり。

本の装丁は大事という話

「本の虫の本」を読んでいて、本の装丁について書かれていたので思わず。

私は装丁について、そこまで気にならないタイプだと自分で勝手に思い込んで読書生活30年以上過ごしてきたし、実際「中身は気になるが装丁が嫌い」という理由で本を買わなかった記憶もない。そもそも装丁が気に入らないから買わない本は、中身に対してもそんなに食指が動かないのだ。2014年にも下記の通り、白人の子どもが表紙のビジネス書が気に食わなくて突っ込んでいたけれども、最近この手の装丁はめっぽう減っている気がする。さてはあんまり売れなかったのかな…(ニヤリ)

そして、数年前Twitterで見かけて「なるほどなぁ」と思ったのが、「筆者の顔写真がドーンと帯になってる新書は読みたくない」という意見。個人的には佐藤優の本をちょっと前までよく読んでいたし [1]最近はあまり読んでないですね。飽きたのと、ウクライナ戦争に絡んでちょっと気持ちが冷めたのと。、後はルトワックも帯にドドンと顔が出ていた気がするし、完全に避けてはいないのだけれども、ふーん、まぁ目安にしましょうか、くらいのノリで私の心に残っている。

そんな私が全力で許せないと思っているのが、今売っている横溝正史の「悪魔の手毬唄」の装丁。角川文庫の金田一シリーズは大学生の頃、つまり20年くらい前に、一通り集めてその後留学に伴い一度売って、また去年一気に集め直したのだが、なぜかこの「悪魔の手毬唄」だけが、その間に表紙が変わってしまってたんである。 [2]八つ墓村も変わって、金田一耕助の顔イラストになっているようだが、八つ墓村は数年前に買い直していたのでセーフだった。なんでか理由は知らないけれども、私は2019年のジャニーズ主演のテレビドラマを機に、若い層を取り込もうと可愛らしい感じにしたんでは?と勝手に疑っている。ただし、同じく最近ドラマ化している犬神家のデザインは変わってないので、違う理由かもしれない。とにかくこの一冊だけが、そこらへんで1200円くらいで売ってる手拭いみたいな柄になっちゃってて、私は悲しい…あの一文字だけどーんとデザインされた不吉な表紙が好きだったのに。確か、「悪魔の手毬唄」では「鞠」という字だったはず…見てくださいよ、このノホホンとした手拭い柄のデザインをっ!!!!横溝正史で並べたら、この本だけ仲間はずれで虐められますよ。それくらい場違いです。

ただ、最近横溝正史生誕120年記念復刊とのことで、一文字どーん表紙より更に横溝正史っぽい表紙で色々な話が続々と復刊しているので、私は嬉しい。横溝正史と江戸川乱歩にはポップとか手拭い柄は似合わないんですよ…昭和のお化け屋敷の看板みたいなテイストは失ってはいけないのです。大体、昭和が舞台なんだしさ。ドロドロしてなくっちゃ。エログロこそが真髄じゃないの、手拭い柄じゃ健康的すぎますって、ねぇ?

References

References
1 最近はあまり読んでないですね。飽きたのと、ウクライナ戦争に絡んでちょっと気持ちが冷めたのと。
2 八つ墓村も変わって、金田一耕助の顔イラストになっているようだが、八つ墓村は数年前に買い直していたのでセーフだった。

事務屋の誇り

色々思うことあって転職したので、その記念に一筆。あくまで私の個人的なお気持ちであって、一般的な仕事論とか転職論ではないので、その点ご了承ください。

転職理由については、まぁ正直、それこそ転職先の会社からお声がけいただいたタイミングなど、色々なものが重なっただけ…なのだが、そのなかで「これがなければ転職はしなかったかもしれない」というのがあって、それは「事務仕事を馬鹿にされている(気がする)」という感情。私はここ数年、ずっと事務をやってきてて、システムのデータ構造理解して必要な情報を引っ張ってきたり、加工したり、チェックしたり、ということにプロ意識を持っているのです。そりゃセールス担当みたいに花形ではないし、売上に即貢献するような仕事内容でもない。そこはちゃんと自覚してる。我々は裏方です。けれども、ミスなく効率的にセールスを裏から支える作業をしつつ業務改善などもやってきて、その点においてはちゃんと実績はあると思う。

ついでに言えば、メンバー育成も頑張った。研修資料も何度も更新したし、わかりにくいシステムは比喩を使って説明できるようにしたし、なんならその比喩が通じるか古株メンバーや同じ部署の新入社員にも協力してもらってバージョンアップしていったし。それに魔境な共有フォルダで迷子にならないように整理もした。コロナでリモート推奨になったとき極力メンバーの出勤を減らせるように、業務の存在意義から改めて見直してコスト削減したし、1on1だって人事考査だって頑張ったさ。

と、こんな感じで「裏方だけどその道ではプロ」みたいな矜持で仕事してるのにですよ、資料の印刷だとかアンケート集計依頼だとかを「それは私たちがするような仕事じゃない。だから事務チームがやって。私たちはもっと考えることがある。」という理由で押し付けられそうになると [1]いや、実際押し付けられたんだけど。腹立たしいわけです。「事務チームに頼めば正確で早いから」とか「作業効率上げたいから一緒に考えよう」とかお世辞でも言えばいいのに、「こんなバカみたいな単純作業、事務チームにやらせておけばいい」みたいな言い方されるとね。ふっつーーーーにむかつきますよ。そりゃ😡って顔になりますよね。

念のための補足。「自分のチームでパートでも雇って、やってもらえばいいのに」って思うところなんですが、それは出来ないらしい。説明もできないし、入れてもすぐ辞めちゃうからだって。知らんがな。

というわけで転職しました。辞める直前に人事に色々聞かれたので全部ブチまけたけど、伝わってんのかな〜まぁ、もう前職なんてどうでもいいか〜ってことで、今は楽しく仕事してます。もちろん「こんなの私のする仕事じゃない」など、絶対ほざくものですか。事務屋を怒らせると怖いんだぞ!ということで、皆様、事務のオネーサマ・オニーサマには敬意を持ってコミュニケーションしてください。結構、誇り持って仕事してんのよ、私たち。

References

References
1 いや、実際押し付けられたんだけど。

遡る系歴史本

「遡る系歴史本」といっても歴史本は基本遡る系なので、妙なタイトルだけれども、ここ数年「何かをキーにして何にもわからないところから、あっちこっち出向いて調査していく」系のナチ絡みの本をよく読んだ気がするのでまとめておく。「何かをキーにして何にもわからないところから調査していく系」って、それも歴史本の宿命では…とも思うが、要は私の中で「これらはひとまとまり!」って本です。因みに人に勧めるとしたら一番上と一番下の本かな。間の2冊は被害者側、加害者側、それぞれ重く受け止めるべきことではあるが、少々(それぞれ違う理由で)読みにくかった。


この本はそこまであちこち歩いていなかったかもしれない。また、他の3冊は遡るきっかけというか、調査の対象というか、本の主題が自分の家族や特定人物であるのに対して、この本は本全般についてなので、ちょっと毛色が違うかも。でも本をキーにして遡っていくナチ絡みの本なので、リストに入れておく。読書当時の感想はこちら

きっかけ(つまり出だしの部分)がどうしても思い出せないのだが、こちらはナチに殺されたユダヤ人の家族による過去遡り系。この本を手に取ったのはその前に読んだ、東大だったかの歴史学の先生が集まって歴史の学び方をまとめた本で紹介されていたからだった。今回リストアップしている本の中では一番難しく感じたのは、語り口故だろうか。

こちらは加害者側の視点での遡り系。ただ肝心の謎部分が解かれないままに終わった記憶。筆者と精神分析医との会話など示唆は多いんだろうけど、どうも話があっちこっちに飛んでしまって、スッキリしない印象。Amazonのレビューみて思い出した。そうだ、ソ連の捕虜になったおじいさんの話にもページが結構割かれていた!このズバリと家族による犯罪の可能性に切り込んでいかない姿勢は、加害者側だからなのかもしれない。どうしても「自分達一族もある意味被害者だった」というストーリーを入れずにはいられない…という、心理?流石に深読みしすぎかな。

実はまだ読んでいる最中。今ちょうど半分くらいだが、調査のきっかけとしては一番偶然なのかもしれない。語り口も読みやすい。基本はアームチェアの中から発見されたSS将校のドイツ人の歴史を紐解いていくストーリーなのだが、戦後ドイツにおける歴史との向き合い方についても言及されていて、その部分が個人的には新鮮だった。筆者はイギリス系ユダヤ人ということで、歴史に思うことはあるが、アームチェアの持ち主とは個人的な因縁はない(はず)。なので、諸々のバランスがちょうど良く感じるのかも。(追記:読み進めていると、個人的因縁ありました。ヨーロッパ狭い。)

徒然日記

今日はブログ休もうかと思ったが、1月も終わってないのにそれもどうだろうと思うので、頑張る。とりあえず風呂の中の読書が昨日から「動物のお医者さん」になるレベルで疲れてきた。

ブログを毎日、というのは流石に無謀だったかと反省中。内容がないことをダラダラ続けてもしょうがないしなぁ。やっぱり1冊読んだ単位とか、しっかり書けそうな時に書いた方が良いだろうか。うーん。まぁ、ここは私のブログなんだから、好きにやろう…明日こそ、書く気力と体力を!神様、お願い!

読書の体力

 

相変わらず、アレがコレで、それゆえにとても疲れているような気がするのだが、そんな中、読み始めたのが上の本。本文543ページ、索引・注・参考文献が153ページ。物理的な意味でも体力がいる本を、よりによって選んでしまった。机の上と寝ながら読んでいるのだが、ベッドの中では支えきれないので、IKEAのサメの上に置いて読んでいる。これなら寝落ちしても顔の上には落ちてこない。ちなみに、これでも2段組じゃないから同じイアン・カーショの「ヒトラー傲慢」よりはマシである。後編の天罰の方は1100ページ超えているし。 [1]そのボリュームにビビって、天罰の方はまだ読めていない。

とにかく早くにあれがああなればいいのだが。できることを頑張ろう。

References

References
1 そのボリュームにビビって、天罰の方はまだ読めていない。

(無題:3度あることは勿論4度ある)

私はもう、生きているだけ偉いのではないか?偉いのだ。偉いに違いない。偉いに決まっている。

議会制統治がうまく機能していないように見えるとき、政治を包み込む全体性としての文化の理念に、人は回帰しがちである。そのような環境下では、現実世界の圧力が文学的想像力に重くのしかかり、芸術的想像力が抑えられて、政治の証しへと変形されるが、それを気にする人はいなくなる。生活の全局面の政治化としてしばしば非難されることこそ、現実には歴史の底流なのである。そこでは常に、多元主義、つまり政治を生活のほかの局面から切り離すことが非難されてきた。この政治と生活の切り離しを象徴する代議制統治が破綻の危機にあるとき、人々は再び、完全に整えられた安息の地を望む。そこでは、美しく喜びを与えるものと、実用的なもの、必要なものとは分かたれるべきではないとされている。どれほど真の人間性から外れていたとしても、「新しい政治」はそうした安息の地をもたらしてきたのである。

「大衆の国民化」P350-351

「新しい●●」

今日も例によってアレがコレで、それ故にとうとう「気になった部分を引用する」という奥の手さえ使えないほどに読書も進まず、書くことに窮してしまった。それじゃ、そういう状況についてのtogetterのまとめがあったはず、それについてちょっと語ってみようじゃない、とも考えたのだが、自分は忙しいからこそなんとしてでも本を読むヤケクソタイプで、YouTubeもあんまり見ないし、とこれまた書くことがない。しょうがないので、最近の考えを繰り返します。

もうそろそろ読み終わる「大衆の国民化」ではドイツの19世紀以降、祭祀とともに発展した「新しい政治」がキーワードだった。そして、今の世はパンデミックに伴い「新しい生活習慣」がキーワードになっている。この二つは全然違うように思えるし、事実全然違うのだろうが、どこか似通っている気がする。このまま気を抜くと危ないのではないか?というのが、ここ数年の私の頭の中にあるのだ。衛生問題は「人の行く場所、触るもの、身につけるもの、会う人、食べ方、喋り方」を規制する。もちろん規制しなきゃ感染が広がっていくのだから、やることはやらなきゃいけない。が、どこまで意識的に干渉を許すのか?如何に自覚的にいられるか?かといって逆にマスクやワクチンで社会が分断しても、それはそれでよろしくないわけで、本当に線引きが難しいと思う。


とここまで書いて、思考が途切れてしまった。やっぱり忙しいと、体力気力が足りなくなってくるな。今日こそ「大衆の国民化」を読み終わって、イアン・カーショに移ります。ベッドの中で寝落ちして顔に落としたら、歯が折れそうな本だけど…

(無題:2度あることは3度ある)

例によって、引用。「国民の大衆化」より。

神話とシンボルの伝統的世界は、よほど慎重に構えなくては操作できるものではない。なぜなら、その世界とは人々が自らの生活世界を客観化する慣習を意味しているからである。神話は永遠であり健全かつ道徳的な宇宙を象徴せねばならないのである。

P319

この時間なので今日というか明日というかという感じだが、まぁ、後1日あればこの本も読み終わるだろう。その次は後ろ向きな理由でイアン・カーショの本を読もうと思う。今日はついさっき、がんばってラジオドイツ語講座を聴いただけ、私はもうサイコーに偉いんである。という訳でおやすみなさい。