徒然日記

仕事の方が控えめにいって地獄なので、今週はあまり本を読めていないし、ドイツ語は全く勉強できていないし、顔文字をあえて使うなら🥺っいう感じになっている。しかも、どうもfirefoxの調子が悪いのだ。別に開いてますってアラート出るけど、そんな事ないよ?みたいな感じで、何度もPC再起動したりして、いい加減嫌になったので、Google Chromeへ乗り換えた。ついでに貯まっていたブックマーク [1]将来作ってみようとか思ってたレシピとかね。3年くらい見てないものもあるのでは?も整理。スッキリして満足です。サイドバーから、ブラウザの上の方にブックマークが変わるのが、まだちょっと慣れないですが。

それから以下、「モモ」より日本語を読んでいいなと思った部分。日本語で読んだのはまだ前半部分のみで、最初の方は子供のごっこ遊びの話だったり [2]ドイツ語で読んでる時は「なんでいきなり船?」と思っていた。、登場人物の作った物語だったり [3]モモが実は王女?とか思ってた。、わりと話の内容がとんでいるので、「ドイツ語で読んだ時は、おおよそなにを言っているかは掴めているが、文脈は全然掴めていなかった」というのがよくわかった。後半はもう少しマシな理解だと思う。そう祈ってる。

けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。そして人のいのちは心を住みかとしているのです。

人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。

Aber Zeit ist Leben. Und das Leben wohnt im Herzen.

Und je mehr die Menschen daran sparten, desto weniger hatten sie.

ベッポの考えでは、世のなかの不幸というものはすべて、みんながやたらとうそをつくということから生まれている、それもわざとついたうそばかりではない、せっかちすぎたり、正しくものをみきわめずにうっかり口にしたりするうそのせいなのだ、というのです。

Denn nach seiner Meinung lam alles Unglück der Welt von den vielen Lügen, den absichtlichen, aber auch den unabsichtlichen, die nur aus Eile oder Ungenauigkeit entstehen.

新型コロナの感染拡大が続いている。感染対策はしっかりとった上で、買い物(本屋ばっかりになるけど)、旅行(温泉ばっかりだけど)、など経済活動をしていきたいと思う。まずは本を読む時間を確保するぞ!

References

References
1 将来作ってみようとか思ってたレシピとかね。3年くらい見てないものもあるのでは?
2 ドイツ語で読んでる時は「なんでいきなり船?」と思っていた。
3 モモが実は王女?とか思ってた。

(無題:本日も再び)

仕事が終わらない。本は1ページも読んでないし、今週ラジオドイツ語講座を1つも聞けていない。というわけで、今日はもう一言。

Dort wo man Bücher verbrennt, verbrennt man auch am Ende Menschen.

(無題)

今日は仕事に追われて、なんも書く気力がないので、「大衆の国民化」から気になったところの引用でおしまい!

議会主義体制の内で真の国民的祭祀を創出することが困難なことはわかっていた。なぜなら、そこには壮麗な威儀や指導者の英雄的ポーズさえも欠けていたからである。共和国は、議会で討論される利害対立を通じて調整される合意の上に立脚していた。このため、明確な方向づけを欠いた退屈な後継が現出したのみならず、目的意識をもたらす強力な指導力も封じられていた。加えて、雑多な利益集団の好き勝手な活動が、国民の一体感を妨げた。こうした一体感があれば、国家が「新しい政治」に不可欠な祭祀儀式を主催できたかもしれない。だが、革新的な共和主義者は安定をもたらす理性的討論があるとしんじたので、そもそも「新しい政治」にまったく共感しなかった。それでもなお、共和主義者でさえも自分たちの国家に新たな活力を与えるためには公的儀礼が必要であると認めることは時折あった。

P205

像とかモニュメントとか

黙々と「大衆の国民化」を読んでいる。ちょうど今半分くらいまで進んだところ。気になった部分を書き出してみると以下の通り。

「語りかける建築」は、美しいもの、聖なるものの理想を直裁に明白な手法で象徴した。そうした実用主義は民衆にも容易に理解できたので、国民的祭儀の発展にとっては重要だった。

P94

揺るぎない記念碑は、多数の民衆の動き、歌、ダンスで取り囲まれることになっていた。しかしそれは「聖なる空間」に限られており、記念碑そのものの基本構造には及ばなかった。けれども十九世紀末になると、国民的記念碑そのものを、その構造自体のいて運動表現と融合する試みがなされた。

P116

人間の徳性を強めるという目的において、こうした革命祭典はキリスト教の典礼とさほど大差のない公的祭祀であった。だが、ここでいう徳性とは、古代の言葉で定義された祖国への愛情であった。その祖国愛は民衆自身の内に本来備わっているだろう徳性のシンボルを介して活性化する。祝祭は日常生活の孤独から人間を救い上げる特別な機会になるはずで、また規則的に繰り返されることにもなっていた。こうして聖なる日が規則的にめぐり来ることで、「キリスト教暦」と並ぶ秩序感がもたらされた。公的祝祭はただ群衆の熱狂を煽るのみではなく、普段の祭儀を利用して熱狂を創り出すようにも構想されていた。

P134-135

今まで読んだところを、ものすごく雑に要約すると、ナチス以前から、ドイツにおいては記念碑+その周りの環境(森、柏など)+体操、合唱などの運動がセットになって愛国というか、「ギリシャとゲルマンの伝統」への再帰が目論まれた。それが徐々に変容していって…ということになるのかな。

ここでふと思ったのだが、我が日本ではそういう記念碑ってあるのだろうか?唯一思いついたのが宮崎の平和の塔だが、それ以外にあまり思いつかない。「(大きめな)記念碑を建ててその周りに人が多く集まって何かする」という風習は宗教施設じゃない限り、あんまりないのでは?原爆の碑とかかな。しかし、あれはコンセプト的にドイツで戦前作られたものと真逆なような。

反対に、シンボリックな運動の舞台となった場所はどこかしらと考えてみたが、これまた唯一頭に浮かんだのが学徒出陣壮行会で、こちらは明治神宮外苑競技場が舞台。記念碑というよりはズバリ競技場、みんなでなにかするための運動場である。武道館などもこっちの系統。

良く考えたら中で一緒に祈る場がある教会と、基本は外でお参りする神社で大分違いがあるし、お寺は確かに大きな講堂とかあるけど、あれは一般信徒向けではない?だろうし。日本が特殊なのか、東洋全体がそうなのかわからないけれど、その違いが中々面白いと思う。実際に小さな記念碑(石碑とか)は日本のあちこちに溢れているわけだし、大きめの記念碑があんまりない(ように思える)のはなぜなのか、気になるところ。

そういえば、記念碑でふっと思い出したのだが、ロシア旅行をしている時は、もう本当にあっちこっちに、それこそ街から出ていく道路の横に突然!レベルで、第二次世界大戦での戦いのレリーフを見つけたのだった。おそらく「ここまでドイツ軍きたけど、勝ったぜ」とかそういう感じのだと思う。あっちこっちあるな〜、これ全部地図にピン留めしてったら面白いだろうな、と旅行中変なことを考えていた…という、かつての記録がしっかりあったので、こちらもどうぞ。

あぁ、誘惑のロシア旅行旅

MOMOを読み終わった!

より正しくは「眺め終わった」!いずれにしても、300ページ良く頑張った、私よ。途中からは慣れてきたのか、1ページ当たりの意味不明さが少しは減ってきた…というわけで、答え合わせタイムに入ろうと思う。というのも、私はなぜか今まで一度も「モモ」を読んだことがなかったのだ。実家にハードカバー版があるにも関わらず、だ。そういうわけでドイツ語で読み始める前に、この物語について持っている知識は「モモという少女が時間泥棒と対決する話」だけだった。さてはて、日本語版を読んで、どれくらい私は物語を理解できていたのか、楽しみなところ。今パラパラと日本語版を見た感じ、最後の方は大筋は理解できていたようだけど。やっぱり単語力と文法力がまだまだ足りていないので、細かな部分、精訳はできていないと思う。

本当は次に第二次世界大戦中の日系二世の話(例の「二つの祖国」のモデルになった人物の話)を読みたいところなのだが、ドイツ語につづけて英語の本を読む体力がないので、つまみ食い読みしている「大衆の国民化」を先に集中して読んでしまおうと思う。「モモ」は、明日にはお風呂本 [1]いま、三四三空についての本を読んでいるが終わるので、その次にお風呂で読む予定。

References

References
1 いま、三四三空についての本を読んでいる

美の力

「大衆の国民化」と「MOMO」を並行して黙々と読んでいる。「大衆の国民化」は今ちょうど100ページあたり。まだまだ序盤で、概要を掴んでいるわけではないが、それでも何点か興味深い指摘があった。

ドイツでナチス時代の前から「古典主義的な美」が取り入れられていたこと。(ロマン主義の影響もあるが。)森、柏、炎、旗、制服も土着の神話や民衆の好みを反映していること。

柏のシンボルは、聖火と同じく、民間信仰の一部であったし、だからこそ国民の自己表現に難なく利用されたのだった。

P82

自然と建設はともに、その途方もなさを人に印象づけるために改造されていった。

P72

この一文は「近代とホロコースト」にあった「社会の庭園化」に繋がるなぁ。

美の追求そのものは、本来悪い意味はないのだと思う。ただ、それが「顔の美しさ(ギリシア的白人としてのあるべき顔のプロポーション)」だとかに繋がると、一気に悪い方に転がり落ちてしまう。「行動の美しさ」「精神の美しさ」も同時に追求すれば、それを防げるのではないか?と思ったけれども、それはそれでやっぱり危険な方向にいく可能性はあるだろう。真善美、正義。そういう根本的なものを、他者との関わりの中で他者を巻き込んで追求するから良くないのかもしれない。つまり、一人ひとり、孤独に追い求めるべきものなのかも。


ところで全国的に陽性者数が急増している。そして、東大での受験生を狙った事件に、トンガの噴火。特にトンガの噴火は日本にも衝撃波が来た上に、ついさっき津波警報も出た。衛星からの画像をみてもとんでもない規模だし、現地の方に被害が大きくないことを祈るばかり。Googleマップで見たら「これか」って感じの火山でした。 海底火山だそうなので、見てたのは違う火山かも?でもGoogle先生、ここで津波発生ってバッチ?つけてたぞ。

接頭語の覚え方

今日は通勤中MOMOを読んでいた、つまり、ドイツ語を眺めていた [1]読んでいた、とは烏滸がましいレベルだけなので、インプットの少ない日だった。仕事についても書くことないしな〜ということで、自分の備忘録も兼ねてドイツ語の話。

理解の一助になるかと購入してみた「造語法で増やすドイツ語ボキャブラリー」、まだちゃんと手をつけておらず、気になった場合に参考にしている。昨日、インデックスカードに書き写していた動詞がE-始まりの部分だったので気になって、この「造語法〜」で調べてみたところ、er-という接頭語は

その動詞に成果をおさめ、ポジティブな状態に至ることを意味します。

lernen(学ぶ)→erlernen(lernenした結果、習得する)

P18

とのこと。さらにその下には

街頭の動詞の結果、死に至ることを表します。

frieren(寒いと思う)→erfrieren(凍死する)

schießen(撃つ)→erschießen(射殺する)

P18

とあった。まぁ、撃って相手を殺すのもある意味、撃つという行為からすれば、ポジティブな状態なのではないだろうか?と不謹慎なことを考えたので、おそらくer-がつく意味を忘れることはないだろう。

個人的にドイツ語の「gegen」という響きが好きだ。GegenteilにgegenüberにGegenstand…なんでだろう?

References

References
1 読んでいた、とは烏滸がましいレベル

徒然日記

独検3級受かったぞー!ヒャッホー!実は合格通知が来るまでは、まぁのんびりラジオとMOMO読むのだけやりましょうかね…という気分だったので [1]大体、年末年始は超絶仕事が忙しくてドイツ語をやるパワーが残ってなかったんである。、今日から再び真面目に勉強する日々です。文法と単語なんだよね、問題は。頑張ろうっと。

そして、健康帝国の臣民としての活動なのですが、会社に行けばまだマシなものの、リモートワークだと完璧に残念な状態ということが判明。この2日間、朝走りに行く気分でもなかったし、活動量が全く足りていない。なんとか「立っている時間(1時間当たり1分立っていればクリアぽい?)」は、アラートがくるたびに立ち上がって、皿を洗ってみたり、立ったまま仕事をしてみたり…で、凌いでいる。仕事前の朝ランすればベストなんでしょうね。仕事の後は読書とドイツ語の時間だし。

読書といえば、おもむろにジョージ・L・モッセの「大衆の国民化」を読み始めた。読書の予定が色々狂うのだが、読み始めちゃったんだから、仕方ない。

つまり、問題は、主権在民に基礎づけられ、すでにルソーとフランス革命以来、近代の中心課題の一つと認められてきた政治様式なのである。すなわち、いかに一般大衆を国民国家に組み込み、いかに彼らに帰属感を与えることができるか、という問題である。

本書で分析し記述するように、そこではシンボルと神話と大衆的示威運動が政治的祭儀としての役割を演じた。つまりこれは、ドラマとしての「政治」である。そこに各人は定められた自らの役割を見いだしたのであり、それこそ議会や選出された人民の代表者といったものと対立する政治認識であり、民主主義理解であった。この「新しい政治」、政党のではなく運動の「新しい政治」は、とりわけ危機の時代に効果があった。

P09-10

以前の記事で、コロナ対策という視点から、ナチスの政治体制についての本を読んだが、この「シンボル」とか「国民化」という視点ともうまく繋がりそうな予感がしている。まぁ、まだ最初の20ページですから、今後に期待。

守るべきソーシャル・ディスタンスはソーシャルのままでいいのか?

References

References
1 大体、年末年始は超絶仕事が忙しくてドイツ語をやるパワーが残ってなかったんである。

このブログの夢

今日は仕事DAYらしい仕事DAYだったため、本もろくに読めておらず、書くことが思い当たらない。というか、いま時計を見て23時!?とびっくりしたレベルである。リモートワークのよくないところはこれだ。熱中すると思いっきり残業してしまう。まぁそれも週1日あるかないかなので、基本はリモートワーク様様なのだが。

で、書くことがないときは夢を語ればいいよと私の中の誰かが言ったので、夢語りをしたいと思う。今回はこのブログについての夢。

このブログは基本的に単なる読み物だと思っている。私は本を読むのが好きなので、私の書いたものを誰かが読んで「面白そうね」と紹介した本を読んでもらえるなら、とても嬉しい。今年に入ってからは毎日1記事と決めているので読んだ本にも自然と触れるが [1] … Continue reading、以前は読んだ本についてなかなか考えや感想をまとめられなかった。今後再読するときは、一言でもいいので触れていきたいと思う。

また、このブログは私の頭の中の写しにもしたいと思っているので、私の頭の中の蜘蛛の巣をなんとかリンクを駆使して表したいと思っている。今のところは読んだ本・持っている本のページにひたすら一覧にしているが、本棚みたいに相関関係を表せないか…画像で見せていくとなると、コーディングの技術も必要になるだろうし、それはちょっと荷が重い。できれば、シンプルに文字で表したい。

数年前に持っている本を全て一覧にするという夢を持って、それは達成した。 [2] … Continue reading今度は本の分類、蜘蛛の巣作りをやっていこう。そして、実はまだまだアメリカ留学自体の記事が未復旧のまま残っているので、それらをサルベージするのも夢。こっちはシンプルだからとっととやろう…

途中サボっている期間も長いが、15年続けているのだから、このまま続けていきたいと思う。お、ここでちょうど900字。今日の日記はここまで!昔あったような「物書きさんに100のお題」とかまだあるのかしら?今度ネタに困ったときのヒントに探してみよう〜

References

References
1 いまはドイツ語のMOMOを意味不明な状態で読んでいるので、何も書けない。お風呂の中で読んでる三四三空の話もチマチマ読んでいるので、感想として書きにくい。
2 何度か書いたが、これは別に蔵書自慢というわけではなく、単に「重複買い防止」観点です。図書館で借りたのか、買って読んだのか、もう覚えていられなくてね…

MOMOを読んでみた

通勤時間のドイツ語読書は意外といけた。ランチ時間も入れて大体30ページくらいだろうか。ただ、ちょくちょくと気になる単語が出てくるので、それを家に帰ってから辞書で調べる、というのがちょっと面倒ではある。理解の方はなんとなくの流れは把握してて、場合によっては複数行にわたって完全に意味を理解できる(ついでに文法も把握できる)時がなくもないが、なんせ1年近くかけてチマチマ読んでいる上に、最初の方は今よりももっとドイツ語がダメな状態だったため、当然内容を把握できていない。つまり、今200ページくらいまで進んでいるのだが、そのうち150ページくらいは文字を目で追っただけなので、結局話の筋は全く理解できていないのだった。いい機会ですし、めげずに頑張ろうと思います。

あと、仕事疲れた。